長編

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チャイムが鳴り響く。
あたし達3年はいよいよ卒業式を明日に控えている。
皆が帰ってしまったあとも、あたしはひとり校舎の中を歩き回っていた。

よくこの部屋で土方先生にお説教されたな、そういえばあの廊下で千鶴に翔と付き合ってるのかって訊かれたなぁ。それももう去年の春の話か。時が経つのは遅いようであっという間だ。あぁ、あの資料室で左之先生に励まされたり愚痴聞いてもらったりしたし、コーヒーもらったりしたな。あと競馬に負けた新八先生を左之先生と2人で慰めた事も。

数えきれないくらいの思い出が、この校舎に詰まってる。その校舎とも明日でお別れか…なんてしみじみと考えながら階段を登っていく。
あー、1年の時にここの階段で転んだなぁ。

3階の端の教室。ここが今日まで1年間過ごした、高校生活最後の教室。残っているのは机のらくがきや彫られた跡。私もよく意味不明ならくがきをしたものだ。らくがきといえば、総司が書いた土方先生の絵が似てて笑えたなぁ…
そんな事を思い出して小さく笑った。

ゆっくりと歩いてたどり着いたのは、屋上だった。立ち入り禁止なのに、ドアの鍵が壊れていてコツを掴めば簡単に開けられる。それをゆっくりと押すといつものようにギィ…と音をたてて開いた。それと同時にまだ冷たい風があたしの体にぶつかる。

屋上ではよく剣道部のみんなでご飯を食べたりしたな。平助とおかずの取り合いして、はじめ君と卵焼き交換して、総司にお菓子もらって…。翔が千鶴におかず貰ってたのは悔しかった。

フェンスに背中を預けて、深く息を吸った。
こうして校舎を回っていると、本当に色んなことを思い出す。楽しかったことも嬉しかったことも悲しかったことも悔しかったことも。その記憶の中にいるのは、やっぱり総司をはじめとする剣道部のみんなだった。

みんなにはお世話になってばっかりだったな。あたしは友達として、先輩として、マネージャーとして、生徒として皆に何かできただろうか。
少しでも彼らの力になれていただろうか。
毎日バカやってはしゃいで喧嘩して仲直りして…。彼らの心に残るような事をしてあげられた?言ってあげられた?



『…違うか、』



そんなんじゃないよね。と呟く。あたしはいつまでも皆の心に残るなんて、そんな事求めてない。ただ、彼らが笑っていてくれれば、それで満足。



『…さて、』



いつまでもここにいては体が冷えてしまう。
あたしは最後に、ある場所に足を運んだ。



『…お、開いた』



あたしが開いたのは、剣道場の扉。
やっぱりここでの思い出は多いし、ここでたくさんの仲間に出会った。みんなの涙と汗が染み込んだ、特別な場所。



『…あ』



あたしがふと目を向けた先には、竹刀が立て掛けてあった。ここにあるということは誰かの持ち物ではなく、元々部室にあったものなんだろうな。ちょっと借りよう。そう思ったが早いか、あたしはその竹刀を手に取っていた。

実際に竹刀を振ったことなんてないけど、皆が竹刀を持つ姿を想像して真似してみる。
そして上から下へと竹刀を降り下ろした。
ヒュ、と音がして止まる。
なるほど、こんな感じなのか。



「誰かいるのか」
『…!土方先生、』



入り口のところに土方先生が立っていた。なんでこんなところに。



「お前らが来るかもしれねぇからって開けといたんだよ。」
『そう、ですか。』



残念ながら今はあたしだけなんだけどね。総司達には先に帰るよう言ったから。



「…寂しくなるな」
『え…』
「お前らがいなくなると、静かになるだろ。…前までは煩わしいとしか思わなかったが、いつの間にかそれが当たり前になってたんだろうな。」
『…先生…』



らしくないじゃないですか、とからかいたいのに声が詰まってしまった。なんで、こんなに泣きそうになってるんだろう。



『…あたしね、先生に会えてよかったよ。皆に会えてよかった。』
「そうか…」
『いつも先生には憎まれ口叩いたりからかったりしてたけど、あたし先生のこと大好きだよ!』



そう言って笑うと、土方先生は目を丸めてからフッ、と笑った。



「バーカ。」
『ひどい』
「知ってるよ、それぐらい。」
『…そっか。』



そしてお互いに口を閉じ、穏やかな空気が辺りを包む。



『…名残惜しいけど、もう帰ろうかな。』
「…そうか。」
『うん、…じゃあ、また明日。』
「遅刻すんなよ」



あぁ、こんなやり取りができるのも今日が最後なんだ。そう思うと涙が浮かんだ気がした。それを誤魔化すように先生に手を振り、あたしは剣道場から出る。
グス、と鼻を鳴らして校門に向かって歩き出した。




振り向いた先に

見たことない顔をした先生がいた。

(なんでそんなにらしくない顔をしてるんですか、先生。)


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