長編

□21
1ページ/1ページ



朝、あたしはいつもより早く家を出た。
総司と向き合うために。

昨日、千鶴との電話を切ってからすぐに総司にメールをした。話したいから早く来てくれないか、と。
すると、「わかった」という短い返信がきた。
あたしがドキドキしながら静かな教室に入ると、すでに総司がいた。
足音に気が付いた総司はこちらに振り向く。



『…おはよう…』
「おはよう」
『待たせてごめん』
「僕も今来たところだよ」



一見デートのような会話だな、なんて考えてしまい、悲しくなった。これが本当にデートだったらどんなに楽だろう。総司の声も低くて冷たい。



『…あの、さ…』
「………」



総司は無言であたしの言葉を待っている。



『…日曜日、一緒にいたのって…誰…?』



あたしは、総司を見ることができなかった。
声を出すだけでいっぱいいっぱいになってしまい、気を抜けば泣いてしまいそうで…



「…別に、そんなこと可鈴には関係ないでしょ?」
『…っ…!』



あたしは溢れ出そうになる涙をぐっとこらえた。
…もう、だめなの…?あたし達は、これで終わり…?そう思うと、心臓が鷲掴みにされたように痛んだ。
…でも、総司がもうあたしを好きじゃないのなら、彼をあたしのところに縛り付ける権利なんかない。
総司があたしと別れれば幸せになるというのなら、そうするしか、ないじゃない。



『…総司、』
「ん?」



あたしはうつむいたまま目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。
…目を開けて、総司を見つめる。



『あたし達……別れようか』
「…!」



総司は驚いたように目を見開いた。



『あたしは今も総司が好きだけど、総司は違うんだよね。…だったらもう、別れよう』



総司は何も言わない。言ってから再び顔を下げてしまったあたしは、彼の表情もわからない。



『…今までありがとう。……大好き。』



あたしは精一杯の笑顔を作って総司に向けた。涙が邪魔して彼の顔は見えないけど、震える唇でそう言って、あたしは走って教室を出た。



『…っ…』



涙が溢れて止まらない。
流れる涙をそのままに、あたしはとにかく走った。
廊下の角を曲がると、誰かにぶつかって尻餅をついた。



「っと、わりぃ…可鈴…?」



ぶつかった相手は、2年の時担任だった原田先生だった。
泣いているあたしに気付いた先生は、何も言わずに資料室に連れてくれた。



「…そうか…総司となぁ…」



泣いていた理由を話すと、先生はそうつぶやいた。



「…元気出せ、なんて言うつもりはねぇけどよ、無理はすんなよ?」
『せんせぇ…』



原田先生の優しさに、あたしの目からは再び涙が浮かんだ。



「泣きたい時は泣けよ、可鈴」
『…っ』



先生のその言葉を聞いた瞬間、堰を切ったように涙が溢れてきた。
あたしは原田先生の胸にしがみついて、泣いた。
優しい先生は、あたしを突き放すわけもなく、ただ優しく背中や頭を撫でてくれていた。



『総司…っ』



あたしは原田先生の腕の中で総司を想いながら、ひたすら泣いた。

バンッ!と激しい音をたてて開いた資料室の扉。
あたしと原田先生は驚いて、2人で一斉にそっちに顔を向けた。



「…左之さん…生徒に…それも、僕の彼女に手を出してもいいと、思ってるの…?」



あたし達の視線の先には、息を切らせた総司が立っていた。



「…バーカ、生徒や人の女に手ェ出すほど、落ちぶれちゃいねーよ」



原田先生はそう言って、チラリとあたしを見た。
"あいつは別れるつもりはないらしいぜ?"
目でそう言われた気がした。
それに対してあたしが浅く頷くと、総司はあたしの手首を掴んで強く引いた。

そのまま総司は資料室を出て、あたしを引きずるようにして誰もいない廊下をずんずん歩いていく。
握られた手首にはものすごい力が入っていて、正直すごく痛い。



『…い、たいよ総司…っ離して…』



総司はあたしの声を無視して歩き続ける。



『総司…っ!』



あたしがもう一度総司を呼ぶと、総司は足を止めた。それにつられてあたしも総司の少し手前で足を止め、掴んでいた手を離した。
ゆっくりと振り返った総司の瞳は鋭かった。
…でも、その奥はひどく悲しそうに揺れていた。



『……なんで…』



あたしが独り言のように呟くと、総司は珍しく眉間にしわを寄せた。



「…なんで…?それはこっちのセリフだよ、可鈴。なんで僕が君と別れなきゃいけないのさ。」


…なにを言ってるの…浮気してたくせに、なんで、だなんて。



『…どうして?浮気してたのは総司じゃない!!』
「…浮気…?僕が…?」



総司はひどく驚いた顔をした。まるで信じられない、とでも言いたげな。



『…あたし、日曜日に総司が知らない子と一緒にいるの見たんだから…』
「…それがどうかしたの?」
『さっきは誰なのかも教えてくれなかったし…彼女なんでしょ?』



あたしがそう言うと、総司は一瞬きょとん、と目を丸めて、吹き出した。



「くっ…あははははっ!」
『な…なにがおかしいの…!?』
「ごめんごめん…はー、そういうことかぁ…」



総司はなんとか笑うのを抑え、涙を拭いながらあたしを見た。



「あれは、僕の従兄弟だよ。」
『…だからなによ…従兄弟は結婚できるんだよ?』
「できないできない。…あの子、男だし。」
『…え…?』



それじゃあ、日曜日に総司と一緒にいたのは男の子で、あたしはそれを浮気だと勘違いして勝手に怒ってビンタして別れまで切り出して…?



『…でも、あたしがビンタした日、クラスの女子の誘い断らなかったじゃない。』
「…あぁ…あの時は考え事してて適当に答えちゃったからね。可鈴が教室を出た後にちゃんと断ったけど。」
『………』



じゃあ、全部あたしの勘違いだったってこと…?
頭を整理して、そう思った瞬間、体から血の気が引いていくのを感じた。



『そ、総司…っ!』



あたしは総司に近づいた。



『ごめん…ごめんね…』



総司に悪いことをしてしまったという罪悪感から、引っ込んだはずの涙が溢れてきた。



『痛かったよね…ごめん…』



あたしは、ビンタをした総司の左頬に右手を添えた。
すると、総司はあたしのその右手を掴んでぐっと引き寄せた。
そしてあたしは総司に抱きしめられる。



『…総司…っ』
「もう謝らないでよ。僕にも原因はあるんだし。僕がちゃんと説明しておけばよかったんだ。」



なんで総司はこんなに優しいのだろう。
どう考えてもあたしが悪いのに、こんなにあっさり許してくれるなんて。



『…ありがとう…総司…っ!』



あたしは総司の背中にきつく腕をまわした。
すると、総司はいったん体を離して、顔を近づけてくる。あたしは静かに目を閉じた。



『ん…』
「…もう、泣かないの。」
『だって…!』



唇を離してそう言った総司は手であたしの涙を拭ってくれる。
ふと、総司はなにかを思いついたように顔を輝かせた。
…正直、この顔をするときは大抵ろくなことを考えていない。



「…傷ついたなぁ、別れようなんて。」
『…ご、めん…』
「ビンタも痛かったし?」
『す、すいません…』
「はじめ君たちにもいろいろ訊かれるし千鶴ちゃんからは訳分からないお説教されるし。」
『…あたしはどうすれば…』
「今日部活休みだよね?」
『う、うん…』
「じゃあ放課後、僕の家においで?」



にっこり笑う総司。
…あぁ、そういう感じですか。



『…いったい何を…』
「そんなのセッんぐ、」
『ば、ばか…!』



あたしは慌てて総司の口に手をあてて、その言葉の先を阻止した。



「ま、期待してるよ、可鈴チャン?」



そう言ってあたしの顔を覗き込むようにしてチュッと軽くキスをしてきた総司。
なにをするんだ、と言いそうになるも、そんなところも好きだなぁ、なんて思ってしまった。



『バカ総司…大好き。』
「僕は愛してるけどね」



ペロッと舌を出す総司を見て、心の中であたしも、と呟いた。



あなたが大好きです


.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ