歪んだキズナ

□×1
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歪んだ世界

歪んだ街

歪んだ―――






 “走るな”

そう書いた貼紙のある廊下を全力で走る少女が1人。


 来良学園1−Aの教室前で急ブレーキをかけた少女は勢いのままガラリと教室のドアを開いた。

クラス中の視線がドアの所で息を切らせている彼女に向いている。

 「え〜と。」

年配の担任が名簿に視線を落としながら、困ったように頭を掻いた。

無理もない。

このクラスは入学初日からいきなり女子生徒2人が来ていないのだ。

故に今来た生徒がどちらなのか判断できないでいた。

しかし、その先生の反応を彼女は違う意味で捉えたようで、「すいません」と謝罪した。

「駅でお婆さんに道を聞かれて、これは是非とも案内しなければと思って」

となんとも漫画のように在り来りな遅刻理由を語りはじめた。

そんな少女に、『ラッキー!可愛い子発見!!!』と浮かれていた男子生徒の気持ちがどんどんと沈んでいく。

全体的に色素の薄そうな色白の可愛い系の少女なだけに、残念でならない。

「そこで気が付いたんですけど、私今日朝一で大阪から上京したばかりで、お婆さんを案内し終わった所から学校までの道がわからなくて…でも親切な人に案内してもらえて、今到着しました。」

 「そんな馬鹿な」という表情を浮かべるクラスメイト達に、少女は小さく首を傾げた。

「えーと…」

ショックからいち早く立ち直った先生が口を開いた。

「遅刻の経緯はわかったから、自己紹介をしなさい。」

先生の指摘で初めて気が付いたらしく、少女はポンと手を打った。

「自己紹介が遅れました。大阪から来ました、折原望明です。宜しくお願いします。」





 “折原望明”

その名前に、先生の脳裏に生徒の履歴にあった内容を思い出した。

“折原望明:折原製薬の令嬢”

折原製薬は大阪に本社を持つ日本だけではなく、世界でも有名な製薬会社だ。

その令嬢が「どうしてこの学校に?」という疑問は残るが、正規のルートでしかも高得点を取って入学してきた以上、学園側に断るメリットなど一つもない。





 遅刻したこともあり、呆気なく入学初日を終えた望明は、池袋駅のロッカーから取り出した大きめのボストンバッグを手に、電車に乗った。



       ♂♀



  新宿 某高級マンション


 1階のインターフォンの呼出しに画面を見た眉目秀麗を具現化したような青年は、ニッコリと画面の向こうで笑みを浮かべる少女に対して無言でロックを解除した。

それと同時に、ポケットから取り出した携帯からある電話番号を選び出し、通話ボタンを押す。

〈仕事中に電話してくるとは相当な理由だろうな?〉

「電話の内容はわかってると思うけど。聞いてなかったけど、どういうことかなぁ?」

〈手を出すなよ。あとお前の楽しみに巻き込むな。俺が言うのはそれだけだ。〉

一方的に話すと、電話はブツッと音を発てて切れた。

青年は「相変わらず嫌な性格してるね。」と普段の自分の行動を棚に上げた発言をしながら、携帯を再びポケットに戻した。

 「こんなこと聞いてなかったけど。それにその制服…」

家に上がり込んできた少女――望明に、青年――臨也は溜息をついた。





“折原臨也”

一部の人にとっては、必要なときしか関わり合いになりたくないと思う人物で、性格に少し…いやかなり癖のある人物である。

主に新宿を主体に活動する“情報屋”だ。かなり羽振りがいいらしく、望明が着たこのマンションと同じような物件を数箇所持っていると聞いている。

望明とは血の繋がりはなく、望明の母の妹と臨也の母の弟が結婚して親戚関係ができただけの偶然苗字が同じの全く別の折原家だ。

しかし、苗字が同じで両親が意気投合したため、望明が生まれたときには臨也はすでに一番身近な親戚だった。





「来良学園に入学したから、私ここから通うね。」

ニッコリと笑みを浮かべる望明に臨也はスッと目を細めた。

「何を企んでる?」

望明はそう問い掛ける臨也に笑みを消して、赤い目を無表情に見返した。

「何も。臨也君こそ今は何も企んでない?」

望明の問いに、臨也は綺麗な笑みを浮かべただけで、何も答えなかった。

 臨也は色素が薄く少し茶色っぽい望明の髪を一房取ると、そこに口づけた。

「いらっしゃい。歓迎するよ、君がいれば退屈しないからね。」

「退屈しないって、何か企んでる?」

望明が眉を寄せて言うと、臨也は「やれやれ」と言うように肩を竦めた。

「信用ないね。東京にわざわざ出て来て、一緒に住もうとしてくれるのに信用してくれてないんだ。」

「別に臨也君と一緒に住みたいから東京に出て来たわけじゃ・・・」

望明はそう反論しかけて、ニヤッと笑う臨也に慌てて口を閉じた。

「素早い反論は図星をつかれたからって言うけど、今の君の言葉は本心だ。」

臨也は楽しげに笑いながら、望明に顔を近付けた。

「俺からすれば、わざわざ約束を果たしに来てやるほどの相手じゃないと思うけどね。それに、彼は君との約束を覚えていると思うかい?君を裏切った彼が。」

唇を咬み、悔しげに表情を歪める望明を臨也は楽しそうに眺めている。

「それは臨也君が仕組んだからっ」

「仕組んだ?俺はただ試しただけだよ。彼の気持ちがどれ程のものか。ちょっと唆しただけ。」

「同じだよ。でも、私は裏切られたと思ってない。」

そう言って臨也の顔を正面から見た望明の顔は、さっきまでの表情とは打って変わり、凛とした表情だった。

「・・・ここに戻ってきたのも約束があるからだけじゃないよ。お祖父様とお父様から東京に行くように言われたのもあるから。お兄様は知らないだろうけど。・・・お兄様に電話したんでしょ?」

 望明の変わり身の早さには臨也も度々驚かされる。

自身も「不安定だ」と言われることが多いが、望明もなかなかのものだと臨也は常々思っていた。

望明の早さは、大企業の令嬢として育てられた中で身に付けられてきたものだと臨也は交流を重ねる中で気付かされた。

 「通りで明希も手を出すなと言うだけで、他は何も言ってこなかったわけだ。明希も詳しくは知らないということか。」

「お兄様は昨日、私が東京の高校を受験したっていう情報を知ったから。」

「え・・・昨日?」

臨也の言葉に、望明は頷いた。

「お兄様は大学を卒業してから一昨日まで、アメリカ支社に行てて・・・家には昨日帰って来たの。今日からは本社にいるはずだけど。」

「あ、あぁ、そうなんだ。」

常識から少し外れた世界に生きている臨也だが、時々望明は生まれながらにそういう世界にいるんじゃないかと思うときがある。



 「じゃあ、今日から宜しく。」

そう言って迫っていた臨也を押し退けた望明は、ボストンバックとスクールバックを手に家の奥へと進んでいく。

その後姿を見ながら、臨也は溜息をつき、頭を掻いた。

「ねぇ、どこの部屋使って良いの?」

リビングの方から聞こえてきた声に、臨也は「はいはい」と小さく呟きながら、望明のいる部屋へと足を動かした。
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