歪んだキズナ
□×2
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「私は裏切られたと思ってない。」
嘘。
本当は裏切られたと思ってた。
「―――・・・何でもないよ。ただ、正臣と一緒にいたいと思っただけ。」
嘘。
本当は何かあったから、一緒にいたかっただけ。
「正臣が好きだから。」
嘘。
付き合ったのは、正臣がやり直したいって言ったから。
♂♀
2月 新宿 某高級マンション
「おはよう。」
「おはようございます。」
もう時間は昼なのだが、休日の学生にとって昼間はまだ朝だ。
昼になって目を覚ましてきた望明に匿う代わりに雑用係にさせられた波江がコーヒーを出してくれた。
望明のコーヒーはあくまでついでだったらしく、自分の分のコーヒーを手に望明の向かいの椅子に腰を下ろした。
テーブルを間に挟んで向かい合っているが、特にこれといった会話がなく、2人はただ静かにコーヒーを飲んでいる。
さすがにコーヒーが半分ほどになると、この静かな空間も居心地が悪い。
「臨也君は・・・どこかに厄災を撒き散らしに出かけましたか?」
「厄災・・・確かにそうね。今日は何処かに行った後、来良総合医科大学病院に寄って来るって言ってたけど、ついにどこか壊したのかしら。だったら嬉しいんだけど。」
波江のとても冗談とは取れない言葉に望明は小さく声を立てて笑った。
「親戚を前にそんなこと言わない方が良いですよ、一応。まぁ、壊して暫く静かにしておいて貰えると嬉しい限りですけど。たぶん違いますよ。お見舞いに行くんだと思います。入院中の信者に。」
“信者”という言葉に、波江は疑問を感じるでもなく頷いた。
波江自身、ここの来るようになってそろそろ10ヶ月が経つ。
その間に何度か望明が“信者”と表しそうな人達には会っている。
“信者”は、臨也の周りに集まる少女達のことで、その多くが家や学校、社会で居場所を失くした人達だった。
彼女達は臨也に助言を求めて、たびたびこの部屋を訪れる。
情報屋である臨也を尊敬し、信じている。
彼女達にとって臨也は絶対的な存在で、おそらく臨也に「死ね。」と言われれば、迷ったとしても最終的には言われた通りに動くだろう。
謂わば、臨也にとって最高の駒だ。
望明が中学1年の夏休みに来たときも彼女達をたびたび見かけた。
望明は彼女達が嫌いだった。
会社の言う通りにしか生きれない自分を見ているようで。
「そう言えば、ここに来る途中に黄色い集団を見ることが最近増えてきたような気がするんだけど。」
「黄巾賊?」
波江が顔を顰めて言う通り、確かに最近街中で黄色い物を身に付けた“黄巾賊”という黄色をチームカラーにしたカラーギャングをよく見かけるようになった。
「あら、知ってるの?・・・さすがは折原臨也の親戚ってとこかしら?」
「私が中学1年生の夏に来た頃、ちょうど勢力を伸ばし始めた集団だったので、たまたま知っているだけですよ。」
中学生を中心に構成された“黄巾賊”は、確かに望明が東京に来る頃には勢力を伸ばし、池袋では有名な集団だった。
しかし、望明が大阪に帰って1年後ぐらいから“ブルースクエア”というチームとの小競り合いが始まり、徐々に大きな抗争へと発展していった。
抗争の結果、“ブルースクエア”のリーダーは警察に捕まり、“黄巾賊”の俗に“将軍”と呼ばれるリーダーはチームを離れた。
その後、“ブルースクエア”の残党は、池袋で関わってはいけない人ランキングおそらく殿堂入りの静雄に喧嘩を売り、当然返り討ちにされ、消滅したと言われている。
この抗争でどちらにチームにも多数の負傷者が出たが、“ブルースクエア”の手によって一般人も1人巻き込まれ、重傷を負った。
この抗争以来、警察がカラーギャングに対する警戒を強めたため、自然消滅したはずだった。
つい最近までは。
♂♀
来良学園 昼休み 屋上
「好きってどういうことなんだろう?」
帝人と正臣は購買競争に行っていて、屋上にはまだ望明と杏里しかいない。
そんな状況でいきなり呟くように言った望明に杏里はきょとんとした表情を浮かべた。
「・・・望明ちゃんは、紀田君と付き合ってたんじゃ・・・」
「まぁね、杏里ちゃん。でもさ、付き合ってるから絶対に相手のことが好きかどうかなんてわからないよ。」
「それって、望明ちゃんは紀田君のこと好きじゃないってことですか・・・?」
驚いた表情を浮かべる杏里に、望明はゆっくりと首を横に振った。
「好きだよ。でも、正臣の好きと一緒かどうかはわからない。」
「おまたせーっ」
「ごめんね、園原さん、折原さん。」
「いや〜今日もデンジャラスな戦いだったぜ。」
望明の言葉に、杏里は何か言おうかと口を開きかけたが、帝人や正臣が来てしまったため、結局言うことができなかった。
しかし、杏里はこういう状況になってくれたことに少し感謝していた。
口を開きかけはしたが、結局のところ何が言いたいということもなかったのだ。
いや、正確に言うと思いつかなかった。
彼女自身、そういうことに関して良くわかっていない。
『張間さんなら・・・』と中学時代の友達で最近やっと学校に出てきた彼女なら、何かしらの意見を言えただろうとも思う。
だが、同時に少し嬉しくもあった。
帝人や正臣―――主に正臣だが―――を通して知り合った新しい女友達が自分と同じ様なことに悩んでいたことに杏里はほっとしていた。
普段、正臣と一緒にいるときの望明からは想像もできない言葉だった。
現に、杏里の目の前で正臣は望明を抱きしめて「俺がいなくて寂しかった?俺は望明がいなくて寂しかった。と、いうことで・・・充電させてっ!」とか言っている。
「重いけど、寒いこの季節の屋上では防寒着と思えば良い感じかも。」と望明も決して正臣の過剰ともとれるスキンシップを嫌がっている様子もない。
『紀田君と望明ちゃんって、少し似てると思う。』
一見外から見ると、ラブラブに見える2人を眺めながら、杏里はぼんやりと思っていた。