歪んだキズナ
□×3
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「セルティ、知ってるかい?望明ちゃんは元々色素が薄かったわけじゃないんだよ。」
新羅はコーヒーの入ったカップを片手にソファに腰を掛けながら、急にそう呟いた。
マンションの最上階であるこの部屋の窓からは、街の綺麗な夜景が煌いていた。
「矢霧製薬は不法侵入者とか家出した子を研究の実験台として集めていたけど、あれは十中八九犯罪だからね。それに対して折原製薬は身内の中で実験するんだってさ。もちろん明希みたいな跡取りは対象外だけどね。望明ちゃんは言わば実験台になるために生まれてきた・・・いや、むしろ造られたって言っても良いのかもしれない。望明ちゃんの色素の薄さはそれの代償らしいよ。もちろん、失敗作のね。」
セルティはただ静かに聴いていた。
新羅は返事など欲しいと思っている様子はなく、無表情にただ淡々と語っているような感じでさらに話を続けた。
「折原製薬の上層幹部は矢霧製薬は悪に手を染めて・・・とか何とか言っているみたいだけど、第三者から見れば五十歩百歩もいいところ。―――まぁ、彼女はそんな生い立ちであまり両親からも大切にされて育ったわけじゃないからね。彼女にとって、安心できる場所は兄である明希のそばか臨也しかなかったらしいよ。あとは、そんな御家制度に嫌気がさしてネブラに就職した伯母さん。父さんの同僚なんだけど、彼女も実験台の被害者だっていう話は聞いたことがあるな。実際に会ったことはないけど。」
そう言って新羅はカップを口に運んだ。
「そんな状態だったから、僕が最初に望明ちゃんに会ったとき彼女はまだ小学生だったけど、なかなか心を開いてくれなくて、ずっと臨也と明希の後ろに隠れてた。それから少ししたぐらいからかな、徐々に望明ちゃんが明希か臨也が紹介した人なら心を開いてくれるようになった。つまり、彼女の世界の始まりは明希と臨也だったんだよ。」
新羅はコーヒーを飲み干すと、カップを手にスッとソファから立ち上がり、窓の前に立った。
「明希を除けば、望明ちゃんにとって臨也は世界の始まり・・・まぁ、臨也風に言えば、神様にも等しい存在なんだよ。望明ちゃんは自覚してるんだよ、臨也を好きな自分を。でもそれは明希と同じ兄のような存在としてというのもあるだろうし、僕がセルティに抱いているような思いでもある。だから彼女は確認したいんだよ、自分の気持ちをね。」
それまで無表情で語っていた新羅はそこで急に小さく口元に笑みを浮かべた。
「彼女はいつまでも誰かを神様にしておくような性格でもないけどね。形勢逆転を狙って色々と仕出かしそうだから、セルティも巻き込まれないように気を付けた方が良いよ。」
新羅からそんな話を聞いたのは、一体いつだったろうか。
最近だったかもしれないし、かなり昔だったかもしれない。
新羅の話をセルティが思い出すことができたのは、全てが終わってしまった後だった。
♂♀
池袋 来良総合医科大学病院
個室の一室で、正臣はその部屋に入院中の少女を見ることなく、鞄を抱えたまま、窓の外を眺めていた。
沈んでいく夕日を眺めながら正臣は深い溜息をついた。
『望明は気が付いているんだろうか・・・?』
正臣がこの病室に時々通うようになってもう1,2週間経つ。
最初の頃は「また友達なの?」と拗ねたように言っていた望明も、最近では「そう、またね。」と言うだけになってきた。
「彼女でもできたの?」
そう聞かれたのもつい最近のことだ。
「寒いよ、正臣。」
ベッドの方からした声に振り返ることなく、「ああ、ごめん。」と答えながら正臣は窓を閉めた。
その窓ガラスで自分が笑っていることを確認しながら。
『望明の前ではできたことなのに、沙樹の前では難しい。』
「友達が入院したんだって?」
正臣が振り向かないことを気にした様子もなく、ベッドで上半身を起した少女―――三ヶ島沙樹は尋ねた。
「・・・・・誰に聞いた?」
正臣は彼女に望明や杏里、帝人のことを話したことはなかった。
「窓から見えたよ。毎日来てたもんねぇ。やっぱり女の子?」
「まあな。ナイスバディで眼鏡・・・・・アンバランスさが魅力的なまっとうすぎる程の女子高生さ。」
否定もせず、冗談のように答える正臣にも動じることなく、沙樹は寧ろ笑顔を浮かべた。
「好きなの?」
「ああ・・・・・同じ学校の子でさ。親友と三角関係の真っ最中だよ。って言っても、俺にはもう可愛すぎる彼女がいるわけなんだが。」
「知ってるよ、折原望明さんでしょ?」
沙樹の口から出た彼女のフルネームに正臣は自分の眉間に皺が寄ったのを窓ガラスで見た。
「正臣と望明さん、それに私も入れれば、こっちも三角関係だよ?」
「はいストップ。沙樹、とりあえずストップ。口を閉じて鼻で息をしてよく聞いてくれ。」
正臣は沙樹の言葉を斬り捨てるように呟いた。
「俺達は、もう、終わった。フィニッシュ、打ち切り、店終い。そうだろ?」
「終わったなら、どうしたこうして時々来てくれるのかな?彼女もできたのに。―――最近・・・・・急にまた来てくれるようになったよね。何かあったの?」
沙樹の言葉に正臣は何も答えることなく、沈黙を続けた。
「また・・・・・昔に戻りたくなったとか?」
「・・・・・悪ぃ。今日はもう帰るわ。」
誤魔化すように別れの言葉を呟くと、正臣は沙樹に軽く手を挙げて病室の外へと足を向けた。
「正臣は、戻ってくるよ。」
沙樹の言葉を打ち消すように正臣は扉に手をかけて、病室の外へと出て行った。
「だって、それは決まってる事だもん。だから、正臣がいくら他の女の子を好きになっても平気だよ?最後の最後に、正臣はその女の子達よりも、私の方を強く愛してくれるんだから。」
誰も居なくなった病室で、誰も聞いていないことがわかりながらも、沙樹は呟き続けた。
「だから、その時が来るまで、正臣はたくさんたくさん女の人を愛さないと駄目なの。私の事を忘れてしまうぐらいに。だって、私に気を遣って正臣が幸せになれないなんて嫌だもん。だから、ね、正臣はたくさんの女の子と付き合って、たくさんたくさん恋をして、たくさんの人を愛して、たくさん愛されて、私の事なんか忘れちゃっていいの。」
そう呟きながらも、沙樹の脳裏を1人の少女の姿が過ぎる。
「でも、最後に正臣は私の所に戻ってくるんだよ?そしたら・・・・その、今まで積み重ねた他の人との愛の山よりも、もっともっと高く高く愛してくれるもん。絶対に、絶対にそうなるんだよ、だって―――臨也さんが、そう言ってたもん。」
『だから・・・きっと大丈夫。正臣は私の所に帰ってきてくれる。たくさんの愛を持って。』
病室の窓から見えた少女の姿が浮かぶ。
約3年ぶりに見た彼女は沙樹が最後に見たときよりも確実に成長していたし、以前見たときよりも顔色も良くて健康そうだった。
それとは間逆に、沙樹は以前に比べて色が白くなり、まさに病人という姿になっている。
だから、高校生のバカップル全開というように、正臣をへばり付かして歩く彼女(正臣が勝手にへばりついていたとも言う)を羨ましいとすら思った。
『きっと、あの子よりも愛してくれるもん。』
沙樹は自分に言い聞かせながら、病室の窓を振り返ることなく病院を出て行く正臣の背中を見送った。
♂♀
来良学園 校門付近
下校時間になり校門を次々と潜り抜けていく様々な集団の中に混ざり、望明達も校門を潜り抜けようとしていた。
「つまり、俺は思うわけだ。杏里はなんてそんなにエロ可愛いのかって。」
いたって真剣な顔をして呟く正臣に、そこにいた3人は躊躇うことなくいつも通りの反応を返した。
杏里は「え・・・・ええ?」と困ったように頬を赤らめながら、望明の表情を窺い、窺われた望明は「いや、私を見なくても怒らないよ、こんなの日常茶飯事だし。」と笑い、帝人は「エロはない・・・エロはないよ正臣。」と呆れ顔で首を左右に振った。
「それに、日常茶飯事って言っちゃう折原さんも折原さんだと思うけど・・・いや、言われる正臣が一番なんだけど・・・」
「そうだぞ、望明。日常茶飯事とは何だ。嫉妬の1つや2つしてくれても良いだろ?」
「けっこうです。」
スパッと切り捨てた望明は、いつものごとく泣きつく正臣を引き剥がそうとし、帝人は苦笑いを浮かべて「まぁ、まぁ」と2人を宥めた。
「そういえば、みんなのこの後の予定は?」
望明の言葉に3人は首を横に振った。
「どうした?あ、さては俺とデートでも「違うから。」
一蹴されてしまった正臣は「そんなに否定しなくても・・・」と肩を落としたが、表情は全くといっていいほど落ち込んでいない。
「ほら、正臣が最近忙しくしてたから、杏里ちゃんの退院のお祝い何もしてないでしょ?だから、みんなで遊ばないかなぁって。」
「そういえば、何もしてないね。せっかくだし、園原さんが大丈夫なら!」
望明に言われて気が付いたというように帝人は望明の提案に頷いた。
「俺も異論なし!ま、なんにせよ、杏里の怪我が無事に完治してよかったよ。」
「うん、それは本当にね!」
「あ、あの・・・ありがとう、3人とも・・・・」
杏里はオドオドしながらも精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
暫しの話し合いの結果、カラオケに行くことになったのだが、ちょうど4人が移動を始めようとしたそのとき、タイミングを計ったように携帯のバイブ音が響いた。
その音に望明がキュッと唇を噛んだのを杏里は偶然にも見てしまった。
「もしもし・・・・・俺だけど。」
杏里が見た望明の表情はほんの一瞬で、正臣が電話に出ながら望明に視線を向けたときにはさっきまでと変わりない表情を浮かべていた。
「悪ぃ、昔の友達がなんか急用があるっつーからさ。」
手刀を1本顔前に立てて頭を下げる正臣に、帝人は「あ、そうなの?」と呟いた。
「今日はちょっと帰るわ。恨むなら俺の友達を好きなだけ恨んでくれ。恨むならタダだし俺には被害がない。まさに一石二鳥だからな。」
「じゃあ、退院のお祝いはまた今度かな・・・?4人揃わないとね。」
急な予定変更に慣れている帝人は、いつものこととばかりに苦笑した。
「悪ぃな。じゃ、また明日な!」
小さくなっていく背を見送った3人は溜息をついて顔を見合わせた。
「予定も流れちゃったし、今日は帰ろっか。」
「そう・・・ですね。」
望明の言葉に、杏里はチラチラと望明の様子を伺いながら答えた。
「じゃあ」とこのまま帰る流れに決定しかけた途端、「あ、あの、望明ちゃん。」と杏里が望明に呼びかけた。
「あの・・・・・買い物に付き合って欲しいんだけど、良いかな?その、私、流行とかわからなくて・・・」
望明は杏里の申し出に少し首を傾げたが、「いいよ。」と頷いた。
「帝人君はどうする?」
「へっ!?え、えっと・・・いや、僕は帰るよ。」
正臣ならほぼ100%付いて行くと言うだろうが、帝人に望明と杏里の間に入って一緒に買い物をするなどという度胸はこれっぽっちもなかった。
もちろん、望明もそんなことは百の承知で聞いたわけだが・・・
帝人を見送った望明は杏里に視線を向けた。
「買い物なんて、杏里ちゃんにしては珍しいよね、そんな嘘つくの。・・・そんなに私と話したいことでもあった?」
望明の言葉に杏里は驚いたように目を見開いた。
「バレてましたか?」
「慣れないことはしない方が良いよってこともないか。帝人は騙されてたし。・・・たぶん、相手の言葉が嘘か本当かすぐに考えちゃう癖があるからかな。気付いちゃった。」
『そういう人と接する機会が多かったからかな・・・?』
望明は自分の考えを振り払うように頭を振った。