歪んだキズナ

□×1
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 望明に部屋を与えてすぐに「用事があるから。」と一言残して家を出て行った臨也は、望明が起きている間に帰ってくることはなかった。

2年半前、望明が中学1年生の夏休みに臨也の家に滞在していたときも、時折こういうことがあったため、望明は特に気にも留めず「明日こそは遅刻せずに登校する!」という目標の元、早々に寝ていたのだが・・・

目覚ましの音にのそのそと望明が起き、リビングに顔を出すと、臨也はすでに帰ってきており、昨日出て行ったときの服装のままソファで伸びていた。

『自分の部屋で寝ればいいのに。』

玄関の位置からリビングに来るよりも、臨也の部屋の方が近いはずなのだが、何か理由でもあったのかと考えながら、望明は朝食の準備を始めた。





 望明はトーストとホットコーヒーを手にテレビを点け、テレビの見える適当な場所に腰を下ろした。

流れ始めたニュースの音で目が覚めたのか、ソファの上でもぞもぞと臨也が動いた。

「おはよう。」

いつもの臨也からは想像できない、寝起きの間抜けな顔の臨也に望明は朝食の手を止めることなく声をかけた。

「・・・」

暫し無言で望明の顔を見つめていた臨也は、思い出したように「あぁ、そうか。そうだった。」と呟きながらソファから立ち上がり、頭を掻きながら洗面所の方へと歩いていく。

昨日何をしていたか望明は全く興味がないが、どうやらその楽しみの間か寝ている間に望明が来ていることをすっかり忘れていたようだ。

望明はそんな臨也を見て、少なくとも“現時点では”臨也は何も企んでいないか、その企みの役者の中に望明は組み込まれていないことを確認した。





 「じゃあ、行ってくるから。」

起きて早々に仕事部屋に行ってしまった臨也にコーヒーを持って行き、望明は肩からずれてきたスクールバックを肩にかけ直しながらパソコンと向かい合っている臨也に言った。

「昨日」

そのまま出て行こうとした望明は臨也の声に足を止めて振り返った。

「紀田正臣君に会ったよ。」

楽しそうにパソコンの画面から望明の顔へと視線の先を変えた臨也に、望明は足を止めてしまったことを早くも後悔していた。

話が長引けば、今日もまた遅刻になりそうだ。

「そう。良かったわね。」

望明は「もう話は終わり。」と言うように、足を進めようと一歩踏み出したが、臨也が望明の望みを叶えてくれるはずもなかった。

「彼、来良学園に入学したみたいだよ。」

臨也の声を振り切るように部屋を出て行った望明を見送り、臨也は再びパソコンの画面に視線を変えながら可笑しそうに声を立てて笑った。



       ♂♀



 校内案内とクラブ説明会・・・クラブに所属する気のない望明にとっては何とも退屈な1日を過ごした望明は、そのまま新宿に帰ろうとせず、池袋をうろうろとしていた。

一見平和そうに見える池袋の街並み。

今ではカラーギャングと呼ばれる集団も減り・・・というより、見かけなくなり、望明が以前来たときよりも随分と平和になっているのは確かなように思えた。





 「てめぇ、ふざけてんのか、こらぁ!」

角を曲がった所で聞こえてきた声に、望明は場にそぐわない笑みを浮かべた。

その声の主である青年の前ではチンピラ風の男が尻餅をつき、青筋を立てている青年を見上げながら後退りをしている。

「す、すいま、やめっ」

完全に逃げ腰の男を他所に、望明は「シズ君。」と声をかけた。

 突然聞こえてきた声に、2人は動きを止めて望明を見た。

「久しぶり、シズ君。」

望明の存在を確認した青年から、剥き出しだった殺気が消えていく。

その瞬間を逃さず、チンピラ風の男は悲鳴を上げながら逃げていったが、今の青年にとってもうそれはどうでも良いことになっていた。

「シズ君ってお前・・・望明か?」

望明の顔をまじまじと見ながら言う青年に望明は笑みを浮かべて頷いた。



 シズ君―――“平和島静雄”

それが彼のフルネームだ。

常時バーテン服にサングラスを身に付けている彼の今の職業は出会い系サイトの未払い金を回収する取立て屋をしている。

“池袋の自動喧嘩人形”との異名を持つ彼は、名前顔負けの良い例とも言えるほど、極端に短気な性格でちょっとしたことですぐにキレてしまい、ガードレールや標識等を引っこ抜き投げてしまう。

臨也の同窓生であることから、望明とも面識があるのだが、“犬猿の仲”という言葉はまさに彼と臨也の仲を表しているのではないかと思えるほどに仲が悪い。

望明が彼を知る前から2人は仲が悪かったが、望明が彼を慕うようになってからさらに険悪になったような気がするのも、決して気のせいとは言えなかった。



 驚いた表情で望明を見つめていた静雄は、小さく首を傾げた。

「その制服は・・・来良か・・・?」

静雄が首を傾げるのも無理はない。

来良学園は一応制服はあるものの私服登校が許されているため、望明もスカートとシャツは指定の物を着用しているもののその上には指定のブレザーではなく、黒のカーディガンを羽織っていて、指定のリボンも着用していない。

「シズ君の後輩だね。」

静雄が通っていたのは来神だったが不景気の波とともに他の学校と合併し、来良ができたため広く考えれば、後輩ということになるのだ。

「シズ君とは昨日も会ったよ。」

望明の言葉に静雄は再び驚いた表情を浮かべ、昨日の記憶を探り、再び望明の顔を見て「まさか」と呟いた。

「昨日は学校まで案内してくれて有難う。凄く助かったよ。」

望明の言葉に静雄は溜息をついた。

「わかってたなら言えよ。」

「だって、シズ君が気付かないから良いかなぁって・・・」

「良いかなぁって・・・良いわけないだろ。」

静雄は苛立たしげに頭をガシガシと掻いた。

もしこのやり取りが臨也との間に行われていたのであれば、静雄は今頃横にある自販機でも持ち上げていたかもしれないが・・・いや、やり取りなど行われることなく出会った瞬間に争いの場と化していたかもしれない。

ともかく、相手が望明ということだけあって、ある程度抑えているようだった。







 「またね。」と手を振り、静雄と別れた望明は鞄から携帯を取り出し時間を確認した。

『まだ4時過ぎか・・・もう少しウロウロできるかな。』

そんなことを考えつつ駅前の方へ戻ってきた望明は、立ち止まりぐるりと人波を見回した。

人は多いが特に何もないただの街にも見える。

都市伝説―――“首なしライダー”や望明が先ほど会った静雄など普通とは言い難い存在も沢山いる。

それでも今は

ここで長年暮らしている人にとっては、何の変化もない平和な日常。
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