何が正しいなんて無い

□小さなきっかけ
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3月14日。ホワイトデー。
剣山は翔とイエロー寮の横で待ち合わせをして、バレンタインのお返しを渡した。
「ありがとう」
翔はにっこりと笑ってそれを受け取った。
「丸藤先輩が手作りチョコをくれたから、俺もクッキー作ったドン」
「剣山くんの手作り?」
剣山の料理が美味しいことを知っていたから、翔は期待を持った。
ふと、自分があげたチョコが不安になった。
「…美味しかった?」
控えめに剣山を見上げて訊いた。
「美味しかったザウルス」
剣山の笑顔に、翔は安心した。
「去年のチョコとは比べ物にならないザウルス」
「…去年のことは言わないで」
翔は目をそらした。






去年、剣山が一年で翔が二年の時のバレンタインの朝。
剣山は翔が入ってきた音で目が覚めた。
「アニキー!」
何とも明るく弾んだ声だ。今日は一段と声が高い。
「アニキ、朝っすよ!」
「うー?」
下のベッドで十代がもぞもぞと起き上がる気配がした。
「はい。バレンタインチョコっす!」
見えなくても、花を散らしている様子が伝わってくる。
「ああ、サンキュー。お? 何か今年はでかいな」
「へへへ。奮発したっす」
「なあ、食っていいか?」
「朝ごはんの前っすよ」
「ちょっとだけちょっとだけ」
「もー、アニキったら」
翔の声にはしかたないなぁという響きもあったが、明らかに嬉しがっている。
剣山は上のベッドでじっとしていた。
その顔は渋いものだった。
十代と翔は付き合っているわけではないらしいが、先ほどのやり取りはどこからどう見ても熱々のバカップルだ。
今日は声だけで甘い雰囲気が読み取れた。
おもしろくないドン…。
剣山の唇がひん曲がった。
別に嫉妬してるわけじゃないザウルス。
丸藤先輩なんて、人によって態度をコロコロ変えるお調子者だドン。
特に俺の扱いなんて、酷いものザウルス。
先輩は独占欲が高くて、アニキを慕っている俺のことすら敵視してるドン。
アニキの前で見せる可愛いしぐさも、俺といる時のものと比べると天地の差ザウルス。
でも、別にそれは今に始まったことじゃないから、どうでもいいドン。
ただ、あまりにもこう目の前でいちゃつかれると…。
こっちも思春期である身。
ちょっと…羨ましく感じちゃうザウルス…。
あー、俺だって可愛い彼女が欲しいザウルス!
花のような笑顔で俺のことを見てくれて、優しい声で俺のことを呼んでくれて…。
そんな可愛い彼女ができたら、俺は全力でその子のことを守るザウルス!!


「君はいつまで寝てるのさ!」
翔の罵倒とともに、頭にコツンと何かが当たった。
「さっさと起きなよ!」
翔はベッドの梯子に乗って顔を覗かせていた。
「起きてるザウルス!」
つい牙を向けた。
人が空気を読んで気配を消していたっていうのに!
何で自分にかける第一声がそんなに刺々しいものザウルス!?
「アニキと扱いが違いすぎるドン…」
「君なんか、それで十分だよ!」
ぷいっと顔を背けると、降りて先に食堂に行った。
『それ』って何ザウルス? 丸藤先輩、日本語おかしいドン。
枕に手をついて体を起こしたとき、指に何かが当たった。
見ると、小さなチロルチョコ。
なんでこんなものが?
自分が買った覚えはない。もし買ったとしても、ベッドに持ち込むことはない。
『君なんか、それで十分だよ!』
そういえば、頭に何か投げられたような。
え、じゃあ……。これってもしかして……。

丸藤先輩ガ、俺ニ?

とっさに歯を食いしばって顔に力を入れた。
何だか頬と口元がむずむずする。
胸が苦しく、動機が激しくなっているような…。
もしかして、俺……嬉しがってる?
気付いたとたん、息が詰まる。
枕に顔を埋める。
ち、違うドン! 仕方ないことザウルス! バレンタインに女子からチョコを貰ったら、男だったら誰だって嬉しくなるものザウルス!
例えそれが義理でも! こんな小さなものでも!
丸藤先輩から貰ったものでも!!


「剣山ー、二度寝するなー」
下から十代の声がした。
「し、してないドン!」
顔を上げる。
十代の姿を見て、はっとする。
そうだ、丸藤先輩が好きなのはアニキ。
自分がまだ、このアニキに追い付ける男ではないことは自覚している。
十代のアニキには敵わない。だから……。
いやいや、何考えてるドン! 別に俺は丸藤先輩のことなんか…!


否定したが、もう遅かった。
この時から剣山は翔から目が離せなくなった。
そして、気付いた。
丸藤先輩は、アニキが好きなことで苦しんでいると。
先輩を、守りたいと思うようになった。
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