妖精の記憶

□1.プロローグ
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『あなたが、妖精の尻尾のマスター……ですか?』

「ん〜?そうじゃよ」

今宵は満月。
星のささやかな輝きに手の届きそうな丘の上で。

『行くあてがないんです……。あなたのギルドに、入れてくださいませんか?』


マカロフは見上げていた星空から静かに視線を外し、真っ黒なロングコートで全身をつつむ人物を見つめた。
フードで隠された素顔は、闇夜に紛れて輪郭さえつかめない。

「ワシは、ちょっと星を見に散歩してるだけなんじゃが」


『そう……ですか。無理を言って申し訳なかった』

青年と言うには小柄な身体だが、声から察するに、男性であるらしい。
夜風とコートが遊ぶ中、彼は背を向け歩き出した。


「待ちなさい」

『……?』

彼は静かに振り向く。

「いいよ」

両者の動きが停止した。

「闇に堕ちようとする若者を放っておくわけにはいかん」

マカロフは温かく微笑む。

「迷うことがあるのなら、ワシが道標ぐらいたててやれるじゃろ」

『……』

彼は、闇夜と同化するフードをゆっくりと肩に落とした。

深紅の瞳に、漆黒の黒髪。
月をバックに、妖しく浮かび上がるその姿は、ひどく人から離れた存在のようだった。


『私名前はウィクト。本当に、ありがとう……ございます!』

ウィクトは深々と頭を下げた。


「ウィクトよ。明日、ギルドにおいで。もう一度ワシに声をかけなさい」

『はい、必ず』

そう言うと、マカロフはゆっくり丘を下りはじめた。

『……』

ウィクトは、静かにその背を見つめていた。
瞳はまるで感情が欠落したかのように、暗く荒んでいる。
しかしその瞳からは、一筋の光がこぼれ落ちていた。



すべては始まりだった。
終わりなんてどこにもなかったらしい。
気付けば、あれから5年の月日が過ぎていた。

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