SHORT

□離れていた分だけ
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最近俺の恋人であるハルは料理にハマっているようだ。

何でいきなりそんなものに目覚めたかはわからねぇが、毎日毎日キッチンに籠りっきりでろくに話すらしてない始末。

別に、俺だって船長としてこの船の進路や物質の確認、財源の運用など色々やらなきゃならねぇ事が山程あるからハルに会えなくて寂しいなんて思わねぇ……と、思っていたんだがここまで顔を合わせない日々が続くとさすがの俺でもちょっと、いや、かなり気になってくる。

キラー曰く、そんな俺の心情に比例するように日に日に俺の機嫌は急降下を続けているらしい。

クルーが怯えて仕事にならないとキラーに言われたのは、ハルと顔を合わせなくなって5日目のことだった。

大分俺の機嫌が悪いってのにそんな事を言えるキラーの精神力はさすがだと思う。

「今日もアイツはキッチンか?」

「ああ」

「そうか。ま、頑張れキッド」

一体何を頑張れっつーんだ?

会えない寂し…じゃなくて、気になる気持ちに耐えろってことか?

どの道既に去ってしまったキラーの言葉の意味を考えてもわからねぇから、取り敢えず俺は甲板に出て昼寝でもしようと廊下を進む。

すれ違うクルーを見れば皆怯えているから舌打ちをして更に大股で歩を早めた。

甲板に出てみれば、太陽の光がサンサンと降り注いで汗を滲ませてくる。

それでも進む船に心地良い風が吹いていたから、適当なスペースを見つけて俺は横になって目を閉じた。









いつの間にか寝ていたらしい。

キラーの声で俺は目を覚ました。

目に入ってきたのはここに来た時には真上にあったハズの太陽では無く、視界の端で小さくなっていく赤く染まったものだった。

「もう夕飯の時間だ」

「ああ。わりぃな」

キラーが起こしてくれなければ夕飯を食いっぱぐれるところだった、と礼を言えばキラーは鼻で笑ってから今日はキッドだけは特別メニューらしいから食いっぱぐれる心配はない、と言ってきた。

俺だけ特別メニュー?

そう思って口を開こうとしたが、食堂に行けばわかると先に船内に歩き出すキラーに口を閉じるしかなかった。

そのまま食堂へと向かえば、クルー達で賑わいをみせている中、俺の特等席には他の奴らとは違うメニューが既に用意されていたから、俺は思わずキラーを見た。

キラーは相変わらずマスクをしているから表情は読めないため、やはり疑問を浮かべながら仕方無くその席へ腰かける。

するとキッチンのカウンターから聞き慣れたはずの、でも最近聞いていなかった甲高い声が聞こえた。

「キッド〜!今日は私がキッドの為に一生懸命作ったのっ!」

なるほど。

だから俺だけ特別メニューなのか。

キラーが言わなかった理由が今わかった。

きっと俺には言わないで、とハルに頼まれていたんだろう。

つーかキラーの野郎いつの間にハルと話したんだ?

俺ですらたった今まで放置だったつーのによ。

然り気無くキラーを睨んでみるが当の本人はさっさと飯を食い始めていて、俺の視線になど全く気付いていなかったから余計に苛つくが、視界に入る俺用のメニューとキラーの飯にその怒りも和らぐ。

パタパタと細い足音が聞こえたと思ったら背中に小さな振動と共に軽い重みがかかる。

振り向かずともわかる匂いと熱に今日まで放置だったと言うことも忘れて俺は手でハルを引っ張って抱き締めた。

久しぶりに感じる柔らかくて安心する感触。

意識してねぇと緩んでしまう頬にどうしようもなく呆れた。

「ハル…」

「ふふっ。久しぶりのキッドだぁ」

「てめぇが放置したからな」

甘えるように胸に頬を擦り付けて笑うハルをきつく抱き締めればハルは苦しいと言いながらもまだ笑っている。

「キッドに私の手料理食べさせてあげたくて頑張って作ったの!ちょっと難しかったから今になっちゃった。寂しい思いさせてごめんね?」

首を傾けて言うハルの肩に頭を預ける。

「次はねぇからな」

「ふふっ。まぁまぁ、食べてみてよ」

「ああ。サンキューな」

久しぶりのハルを放すのは名残惜しいがせっかく頑張って作ってくれた飯を食べる為に俺は腕を緩めて、それでもハルを自分の隣に座らせた。

目の前にあるシチューをスプーンで掬って口に入れる。

「!?」

「ねぇねぇ!どう?」

「…………ハル」

「ん?」

「これ、何入れやがった?」

「え?何って…そんなの言わなくても味でわかるでしょ〜。ヨーグルトだよ」

そう、俺がシチューだと思った白いのはヨーグルトで、人参だと思ったのはスイカで、ジャガイモだと思ったのはりんごだった。

よく、違う料理を想像して食った時に最悪な味がする、まさにあの感覚が今俺を襲っている。

フルーツヨーグルトなら先に言え!って怒鳴ってやりてぇが、たとえフルーツヨーグルトがグラタン皿によそわれていて、しかもメイン料理の位置に並べられていたとしても、勝手に間違えたのは俺だから何も言わずに2口目に手を伸ばした。

2回目からは普通にフルーツヨーグルトの味で、あっという間に完食して次の料理に手をつける。

次々と食べる俺をニコニコ満足そうに笑って見つめてくるハル。

そんなに嬉しそうにしたら料理なんかじゃなくお前自身を食いたくなるじゃねぇか、と言いたいがここが食堂ということは向かいの席で暢気に食後のお茶を飲んでいるキラーを見て思い出す。

膨らむ欲望を食欲へと変換してがむしゃらにハルの手料理を口に運んだ。

「キッド美味しかった?」

「ああ」

最初の1口意外な、とは言わずにハルの頬を優しく撫でてキスをすれば、一瞬で真っ赤になるハル。

ある意味空腹な俺の目の前に子ウサギが居れば食いつかねぇ訳はねぇ。

「ハル。部屋に行くぞ」

「え、ちょっとキッドっ」

騒ぐハルは無視して担ぎ上げ、キラーに食器の片付けを任せてから食堂を出て俺の部屋つまり船長室へ向かった。

「ハル。今まで俺を放置してたのが悪い。今日は寝かせねぇからな」

「そんなぁ〜明日はクッキー作ろうってコックさん達と約束したのにぃ!」

「フンッ。諦めろ」

未だに諦め悪く騒ぐハルの口をキスして塞げは簡単に諦めるのは知っているから、俺は構わず深い深いキスを贈ってやった。

口を離せば潤んだ瞳で見てくるコイツに俺の鼓動は増すばかりで、それを悟られないように再び甘いキスを繰り返す。

「ハル…好きだ」

「っ、うん。私もぉ」

笑うハルを抱き締めて囁けば背中に回る小さな腕。

可愛くて仕方ないコイツをやっぱり手放せねぇと改めて知ったーーー。











END

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