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□知らないフリなら知ってるよ
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どこまでも抜けるような晴天の下、5月の風が優しく吹いている。
小さく残った水たまりや草木がキラキラと輝いている様子は本当に美しく、昨日まで続いた長雨は、今日のために準備されていたのではないかと疑ってしまうほどだ。運の良さは昔から変わらないらしい。


「良いお天気になって良かったですわね。」
上品なモスグリーンのワンピースドレスに身を包んだミモリンが笑う。笑い方も、口調も変わらないけど、でも、大人っぽくなったなと思う。
彼女だけじゃない、青いドレスのデージーちゃんも、向こうで藤崎君と話している椿ちゃんも、鬼塚さんも笛吹君もみんな大人になった。

懐かしい顔ぶれに、目の奥がつんとなる。賑やかで温かかったあの場所に戻ったような、あの大好きだった時間を取り戻したような、そんな錯覚に陥る。


でも、一人足りない。
オレのとなりに、安形がいない。

我らが生徒会長は真っ白なタキシードに身を包んで、照れくさそうにたくさんの祝福の言葉を受けている。となりには、俺の知らない女の人。


今日、安形は結婚した。


立食式のパーティーで、各親族や来賓に挨拶をして回る姿を眺めながら、あの安形がよく式なんて挙げたな、と感心する。そしてそれはすぐに苦笑いへと変わる。オレが知ってる“あの安形”なんて、何年も前の彼のことじゃないか。オレが歳をとるのと同じように、安形だって大人になった。

周りを見渡せば知らない顔ばかりだ。大学の友人や会社の人だろう。
未だに安形のことを一番理解していると思っていた自分に、笑いがこみあげてくる。オレが知らないだけで、安形の世界は随分と広くなっていたらしい。そんな当たり前のことに今更気付いた。

オレだけが、あの頃から動けないでいる。

なんだか急に一人になりたくなって会場をそっと抜け出す。椿ちゃんがこっちを見ていたけど、気付かないふりをして。



静かな場所を求めて、教会に入った。扉を閉めれば、耳が痛いほどの静寂。すこし湿った冷たい空気が気持ち良い。


正面には見事なステンドグラス。赤、緑、青や黄色で彩られたそれはとても綺麗だ。
鮮やかなその光に誘われるように神さまの前に立った。


そう、ちょうど先ほど安形が立っていた場所の、そのすぐ隣に。

ここに立った安形を思い出す。
決意と、覚悟を決めた顔。守るものを見つけた男の顔。

幸せにしたいと思う相手を、大事にしたいと思う場所を見つけたんだなと、すこし嬉しくなった。そしてすごく、淋しくなった。


別に、守られたかったわけじゃない。大事にされたかったわけでもない。
ただ、となりに立っていたかった。一番に彼のことを知っていたかった。
ずっと一緒に、いられたらいいと、それだけだった。



ねえ、神さま。

オレは、叶わなかったこの想いをなかったことにはしないよ。オレの大切なものだから。
夕焼けの生徒会室、昼休みのグラウンド、雨の帰り道。そんな懐かしい記憶を、時折思い出してはそっと撫でるように、この想いもずっと、大切にしまっていたい。

それくらいは、いいよね。
ねえ、かみさま。
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