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□知らないフリなら知ってるよ
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「ミチル。」
今ではもう誰も呼ばなくなった、懐かしい呼び方が聞こえた。
こんなところにいたのか、と言いながら隣に並んだ安形を横目で見上げる。
ああ、ステンドグラスの光が当たって、とても綺麗。あの幸せな人も、こんな世界を見ていたのかな。
それとももっと・・・
「こんなとこで何してたんだ?」
「ああ、お酒の匂いがきつくってね、逃げてきた。」
「かっかっかっ!お前相変わらずダメなんだなー。」
「あとは、教会見学、かな?」
「そうか。」
そう言ったきり、お互い黙ってしまった。
安形のとなりがオレじゃないことが悲しくて、今隣にいることが嬉しくて、全てを打ち明けてしまいたくなった。
10年間、ずっとオレと共にあったこの想いを。
「なあ、ミチル。」
先に口を開いたのは安形だった。言いたいことは何となく分かる。
「ん?」
「ごめん、な。その、あの・・・よ。」
ねえ安形、お前が望むのなら、オレは笑ってあげる。
何も知らないふりを、してあげるよ。
人の感情に誰よりも敏いお前が気付かないはずがないから。伝えなかった気持ちは確実に伝わっている。それもずっと昔から。
けれど、誰よりも鈍感でいることをお前は選んだ。だからオレは、お前に騙されてあげよう。
今までも、これからも。
「なんで謝ってんの?それにしても、安形に先を越されちゃうとはね。オレ結婚願望はなかったけど、なんかお嫁さん欲しくなっちゃったなー。」
「・・・ははっ。お前ならできんだろ、すぐに。」
「まあね。」
拍子抜けした時に首の後ろを掻く癖、変わらないな。
「安形。幸せにしなよ。」
「分かってる。」
「しあわせに、なりなよ。」
「―――お前もな。」
安形に背を向け、冷たくて温かい教会から出る。
扉の外の世界は賑やかで明るくて、そしてなぜか冷たい。
大好きだったよ、安形。
そしてこれからも、きっとずっと、大好きだよ、安形。
昨日の雨が、いまさらぽつりと降ってきた。
知らないフリなら知ってるよ
(それはきっと、お互い様、)
お題はhakusei様からお借りしました