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□君と僕とで物語(安誕)
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ミチルと二人で海にいる。
海は、空を取り込んで重たい鈍色だ。

波打ち際で遊んでいたミチルは、今はぼーっと佇んでいる。そこに何があるというのか、ただ海の向こうを見つめて。
その様がとても綺麗で、俺は首から下げていたデジカメのシャッターを押した。
気付いたミチルが、撮るなら言ってよ、と笑う。俺はまたシャッターを押す。
レンズの中のミチルは、何故だか灰色だった。

ふわり、とミチルが抱きついてきた。
俺はその晒された額に小さくキスをした。
さすがに寒いね、と苦笑いをした後、俺を見上げて言った。

「ねえ、安形。―――。」



* * *

ミチルと二人で山にいる。
星が見たいとミチルが言ったからだ。
はるか下に人間の営みの灯りが見える。
ふと、今まで黙っていたミチルが口を開いた。
「淋しかった?」
ミチルの声は、学生の時よりも幾分か低く、大人の男の声になった。
今日は沙綾の結婚式だった。妹が生涯の伴侶にと選んだ相手は誠実そうな男で、グレーのタキシードが良く似合っていた。淋しくなかった訳ではない。だが、大切な人の誕生日に、と12月にわざわざ式を開いた妹の、その気持ちだけで十分だった。

「俺も結婚しなきゃなーって思った?」
何気ない風を装って、しかし隠しきれない不安を乗せた問い掛け。
そんなことはないと、お前がいれば良いと伝えたかったが、上手く言葉にならなかった。
それでもミチルはありがとうと言った。そして俺の肩に頭を預ける。

「そういえば、まだ言っていなかったね。」

「ねえ、安形。―――。」



* * *

ミチルと二人で道行く人々を眺めている。
何をするでもなく、ただ二人、公園のベンチに座っている。
「安形、今までお疲れさまでした。」
役目を終えた落ち葉が風に弄ばれて、カサカサと軽い音を立てている。まるで俺のようだと思った。今日、40年近く勤め上げた会社を、退職した。
「これからはさ、時間が一杯あるから。今まで忙しかった分も、一緒にいよう。二人で沢山、思い出を作ろう。」
そう言って笑ったミチルは、上品な鼠色のコートを着ている。若い頃は、もっと鮮やかな色味の物を好んで着ていた気がするが、そういえば落ち着いた色を身につけるようになったのはいつからだったか。ずっと見てきたはずだったが思い出せない。
「さ、もう家に帰ろう。この歳になると、寒さが堪えるね。」
立ちあがったミチルが手を差し出す。俺はそれを握る。風が強く吹いて、ミチルの顔が露わになる。年相応に皺が増えたが、俺を見下ろす瞳の美しさは変わらない。
俺の人生は、この男と共にずっとあった。
そしてこれからも。

「ああ、そう言えば今日は・・・。」

「ねえ、安形。―――。」
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