short
□君と僕とで物語(安誕)
2ページ/2ページ
ミチルと二人で温かな場所にいる。
二人で金を出し合って買った山の中の小さな一軒家。鳥の声も、葉ずれの音さえ聞こえない。ただ、12月のやわらかな木漏れ日だけがそこにある。
肩を寄せ合って座っていた。ミチルは、夢の中を漂うような、曖昧な瞳で外を見ている。どこかへ行ってしまわないよう、繋いだ手に力を込めた。
「ねえ、安形。」
「オレ、眠くなってきたよ。」
そう言ってミチルが微笑んだ。
ついにこの時がきたのかと、無言でその顔を見つめる。
言いようのない悲しさと愛しさがこみ上げて来て、繋いだ手はそのままに、もう片方の手をミチルに伸ばした。艶の無くなった白い髪に指を通し、そのまま皺だらけの頬に手を添え、触れるだけのキスをする。
愛しい、愛しい俺の想い人。いくつになっても美しいその姿に、何度だって恋をした。
「ずっと、長い間、ありがとう。大好きだよ、安形。」
「ああ、俺もだよ。」
幸せだと言って笑った。目の横に深く刻まれた皺が、ミチルの人生を語っている。
それを刻んだのが自分であることを、切に願う。
最期の時に流れる幸せな、穏やかな空気の中、ミチルは俺の腕の中で目を瞑り、そしてこう言った。
「ああ、そうだ、これが最後になってしまうだろうけど・・・。」
「ねえ、安形。―――。」
ああ、悪いけれど、もう一度言ってくれないか。
良く聞こえなかったんだよ。
俺を置いていってしまうのかい?
なあ、ミチル―――。
* * *
「―――がたっ、安形!!」
目を開けると、心配そうにミチルが覗き込んでいた。茶色い髪に、皺ひとつない綺麗な肌。
「どうしたの、安形。怖い夢でも見た?」
涙、と指摘されて初めて自分が泣いていることに気が付いた。そうか、夢だったのか。
そう言えば、ミチルが俺の誕生日を祝ってくれているんだった。
誕生日は昨日だったが、当日は家族がお祝いしたいだろうから翌日にミチルの家で、という彼らしい気遣いのもとで。
飯を作っているミチルを、ソファーの上で待ちながら寝てしまったようだ。
随分長い間夢を見ていた気がするが、ミチルは黄色いエプロンを着けたままだし、まだ外が明るいことからして30分くらいしか経っていないだろう。一炊の夢というやつか。
まだ夢と現実の区別がうまくつかず、頭がぼーっとする。
そう言えば、何の夢を見ていたんだったか。
「妙な夢だった気がするけど、思い出せねー。」
「そうなんだ?幸せそうな顔して泣くからびっくりして起こしちゃったよ。」
・・・そうだ、幸せだった。
とにかく幸せで、少し悲しかった。
急にミチルに触れたくなって、ソファーに寝転んだままミチルの手を引く。されるがままに黙って膝をついたミチルに、掠めるようにキスをした。
初めてするような、何度もこうしてきたような不思議な感覚に胸の奥が痛くなる。何処にも行かないようにと、掴んだ手にぐっと力を込めた。
ミチルが笑った。目尻に皺を寄せて、それはそれは幸せそうに。
そして、唇が触れそうな距離のまま、囁くようにこう言った。
「ねえ、安形。
誕生日おめでとう。」
たくさんのありがとうを込めて、ミチルを腕に閉じ込めた。