short

□to love
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目を開けたら、世界が終っていればいい、
広いベットの上で一人願っていた。


□□□

安いホテルの一室、点けっぱなしのテレビからはニュースを読み上げるキャスターの声。聞こえてくる内容はどれも暗いものばかりだ。

先ほどまでは、この部屋には安形の他に女性が一人いた。大学の友人に友人だと紹介されたその女性は、グラマラスな体型と気の強そうな視線が魅力的な美人だった。だから誘いをかけたのだ。

心は確かにときめいていたのに、夢中になれた時間はあまりに短かく、柔らかい身体に触れながらも安形の意識を占めるのは榛葉のことばかりで、それに気付いた敏い女性は部屋代の半分を安形に突きつけてホテルを出て行ったのだった。


そうして今、広いベットに一人横たわっている安形は、本気であの女性と関係を持ちたいと思ったわけではなかった。ただ、自分ではない何かに壊して欲しかったのだ、自分と榛葉の関係を。

(好きなんだけどなー、ミチルのこと。)

酷く捻れ、矛盾しているのだ。
出会ってから数えきれないほどの月日が経つが、彼ほど綺麗で儚い存在はいないと、今でも安形は本気で考えている。腕の中に閉じ込めて、綺麗な物だけその目に映すように、穏やかな感情だけをその瞳に宿すように、幸せにしたいと強く思っている。
しかし一方で、榛葉の存在を疎ましく感じる自分もいることを知っている。
好きなのに、嫌いになったわけではないのに、なぜか優しくできない。存在全てを否定したくなる。
それが非常に幼稚な我が儘であることを安形は理解しているが、その相反する感情は積もることをやめず、行き場のないそれらは確実に安形を蝕んでいたのだった。
二人の間に流れる妙な空気は榛葉も感じているはずだが、彼もまた動けずにいる。それも安形はよく理解していた。
互いのことが大切だから、それぞれ自分ではどうしようも出来なくなったのだ。


昔はよく、言ってはいけないことを言ってしまいその度に互いを深く傷つけ合っていた。
それがいつからか、相手の表情や仕草から考えていることが分かるようになった。その代わりに身動きが取れなくなったのだ。

嫌われたくないから、愛されたいから、相手が傷付く言葉を避けるようになった。
大切に思うあまり、言葉が死んでいった。


(って言ったって、結局こうやって傷付けてんだから世話ねーよなぁ。)
安形の脳裏に浮かぶのは、榛葉の笑顔。飲みに言ってくると告げた時のあの笑顔。瞳はたしかに“行かないで”と訴えていたのに、榛葉は何も言わなかったし、安形も気が付かない振りをした。

「先に寝てるよ。」と言った彼はちゃんと寝ているだろうか、それとも起きているだろうか。前者であって欲しいと安形は思う。
自分のことは気にせずに、好きにやってほしい。榛葉への純粋な想いもそこにはあるが、自分の行動が榛葉の行動に影響を与えているという事実が嫌なのだ。相手が笑えば自分も笑い、自分が泣けば相手も泣く、そんな幸せな関係が煩わしくなった。自分が自分一人のものでなくなってしまう恐怖が、確かにそこにあった。

榛葉の顔が見たい、でも会いたくはない。今すぐこの場を離れたいが、行動を起こすのも面倒臭い。
どうしようもない倦怠感に襲われて、安形は目を閉じた。
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