short

□スミレ
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「お前・・・一応聞くけど、なにしてんの?」
「なにって、登校だけど?あ、あと安形が通るのを待ってた。」

1、君に、馴染む


梅雨にはまだ遠い5月の、何の変哲もない商店街。所々塗装の剥げた自転車が2人分の体重に悲鳴をあげながら進む。

「お前さー、いい加減後ろ乗るのやめろよな。」
「えー、無理だよそうしたらオレ遅刻じゃん。」
「だーかーら!もっと早く家出てシャキシャキ歩けっての!自分の足で!」
「無理ー。眠い。」

あー、めんどくせ。なんで俺が朝からこんな必死に自転車こがなきゃなんねーの?荷台にわざわざ括り付けたクッションに座って呑気に女子に手を振ってるミチルもめんどくせーが、日に日にニケツ運転が上手くなっている俺自身はもっとめんどくさい。

イライラしながら自転車をこいでいたら、「でもさー、」と言いながらミチルが背中にぴっとりとくっついてきた。待て待て、そういうのは女子がやる仕草だろ。お前がやっても可愛くは、なくはない・・・けども。
「でもさ、やめろって言う割には安形このクッション外さないよね。格好悪いって最初は怒ってたのに。」
「・・・。」

シャツ越しに伝わる声になにも言えなくなった、そんな朝。



2、期待した僕がバカでした


「ミチルー、お前メシは?」
「んー・・・?安形が購買でパンを買って来てくれる、予定。」
「おーまーえーなぁ!」
「いいじゃん、だって買いに行くんだろ?ついでにお願い。ね?」

ね?とか言いながら首傾げんなよ、似合いすぎてて逆に怖ぇーよ。

俺に対してのみ異常に横暴なこの男は、屋上に俺らしかいないのを良いことにやりたい放題だ。

「安形はいつも通り焼きそばパン?オレはね、メロンパンよろしく!」
「ふざけんな、おめーも一緒に来い!」
「あ、普通のじゃなくてチョコチップのやつね!」

・・・まさに暖簾に腕押し。

無駄に疲れるだけなので黙って立ち上がった。ついでに大きく溜め息をついて、怒ってますアピールをすればさすがのミチルもマズいと思ったのか、焦った声が聞こえた。

「あ、安形ちょっと待って!ごめん、あの、やっぱりオレも・・・」

そうそう、パシりはいけねーよ。せめてお前も一緒に来、「焼きそばパンにする!」・・・ないん、ですか?


「行ってらっしゃーい!」と笑って手を振るミチルの姿が、遥か遠くに見えた、そんな昼休み。



3、とっておきの免罪符

なんか知らんがすげー疲れたぜ。
親が仕事でいないから来れば?と誘われて久しぶりに泊まりに来たのは良い。作ってくれた夕飯が上手かったから後片付けを引き受けたのも、別に良い。

問題はその後だ。
所構わずすぐに寝ようとするミチルを宥めすかして、風呂場に押し込んだのが1時間前。余りにも静かだから心配になって浴室の扉を開けて、服も脱がずに床で寝てるのを発見したのがその30分後。叩き起こして風呂場に押し込んで扉の前で待つこと5分。ようやく聞こえてきたシャワーの音に安心してリビングに戻ってテレビを点けたのもつかの間、髪からポタポタと水を落としながら出てきたミチルに怒りながら髪を拭いたのがつい15分ほど前の話。
これ以上なにもする気になれなくて、早々に寝ることにした。というか奴は既に夢の中に片足突っ込んでる状態だ。

我ながら、今日も1日頑張った。
朝から遅刻しそうなミチルを乗せて自転車をこぎ、昼はミチルに見事にパシられて・・・これじゃあ友達というより、ただの世話係じゃねえか。

さっさと寝てしまいたくて電気を消そうと立ち上がったら、布団から顔だけだしたミチルと目が合った。上目遣いに心臓が跳ね上がったなんて、そんなことはない。ないない。

眠そうなミチルが徐に口を開く。

「オレさぁー・・・安形がいてくれて本当に良かったよ。本当に、ありがとうね。・・・ふふ、安形だーいすき。」

普段見せないふにゃふにゃした表情と言葉に、一瞬で顔が赤くなったのが自分でも分かる。電気を消し、どうにか「おやすみ。」とだけ言ってソファーに倒れこんだ。くそっ!顔が熱い!
たまにああやって可愛いことを言うもんだから、結局わがままもなにもかも許してしまう。ずりーよなー、絶対分かってやってるよなー、と思いながらも、さっきまで重くのし掛かっていた疲れが吹っ飛んでいることには、もはや苦笑しかできない。

あの笑顔が見られるんなら、まぁ日々の苦労なんて安いもんか、と思ってしまうあたり、俺も大概絆されているようだ。
また明日になったら、てめーこのやろー!と思うことになるなんて、日々の経験から明らかなのに。

それでも、


明日も同じような1日になりますようにとそっと願った、そんな午後11時。
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