You are one of my…
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「・・・―――つっ!」
うわわ、やっちゃった・・・。
ポタリ、と赤い血がコンクリートの床に落ちる。
朝来たら、下駄箱の中に手紙が入っていた。古風な子がいるもんだなぁと呑気に手紙を開封したのがいけなかった。
封筒の中には、可愛い手紙の代わりに、剃刀の刃。
人間驚くと逆に冷静になるというのは本当らしい。大ごとになっても面倒だから、たまたま早い時間に来て良かったなんて考えながら保健室に向かう。保健室まで点々と血痕が・・・なんてホラーな現象を新学期早々に作りたくないから、ハンドタオルで押さえることも忘れずに。
あーあ、このタオル結構気に入ってたのになぁ!
□□□
「榛葉くん、おはよう!・・・あれっ!?どうしたのその怪我!?」
「おはよう。これね、昨日包丁で切っちゃったんだ。格好悪いよね。」
「ううん、そんなことないけど・・・大丈夫?」
教室の入り口でそんなやり取りをしているうちに、どんどん人が集まってきた。“包丁で切った”っていうことにしておく。女の子たちに余計な心配はかけたくないからね!
少し立ち話をしてから席につく。前の席の安形はまだ来ていないみたいだ。色々聞かれても面倒だから、伸ばした袖に手を隠して外を眺める。
真っ青な秋空を見てたらなんだか虚しくなってきた。所々刷毛で引いたような雲が浮かぶ青空は抜けるように高くて、涼しい風も吹いていて、本当に爽やかな朝なのに・・・なんでオレは朝からこんな目に合ってるんだろう。なんとなく理由は分かるんだけどさ・・・一昨日告白してきたあの子の彼氏の逆恨みってとこかな?
考えてたら腹立ってきた。くそー、地味にじくじくと痛いんだけどこれ!
舌打ちしたい気持ちをどうにかこらえていると、頭上から聞きなれた、朝特有の気だるさを含んだ声。
「はよ。」
「あ、安形。おはよ。宿題やった?」
「んあ?あったっけそんなん?」
「だと思ったよ!」
「ってかミチル・・・お前、手。どうしたそれ?」
「・・・あー、切った。包丁で。」
・・・やっぱりバレたか、というのが正直な感想。
本当のことを言うか言わないか一瞬迷ったけど、結局言わないことにした。このやり場のないこの苛立ちを聞いてもらいたいって気持ちがないと言ったら嘘になるけど、意外に心配性な安形に言って大ごとになっても困るし。
と、思ったんだけど・・・。
「ほーお?」
片眉を持ち上げて、安形がオレの顔を見る。
その視線が嫌で、色々見透かされてしまいそうで、思わず目を反らした。この微妙な空気と安形の探るような視線から逃げるために、ポケットから携帯を出して意味もなくいじってみる。もちろん左手で。
やがて、目を合わせようとしないオレにしびれを切らしたのか、安形はそっぽを向いた。
その横顔を見て、目の前のこの友人の機嫌を損ねてまで隠すようなことでもなかったんじゃないかと一瞬はっとしたけど、時すでに遅し。
そんなオレの後悔を余所に、自由な時間の終了を告げるチャイムが呑気に鳴り響いた。
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(かっかっか!隠しごとしてるなんてバレバレだぜ!この俺を騙そうなんざ10年早い!)
と、笑って怒れたら良かったんだが、生憎今日はそんな気分じゃない。
目を合わせようとしないミチル。相変わらず嘘がへたくそというか、分かりやすい癖だ。なんだか今日はそれにイラつく。
とはいえ俺たちはもう中学生で、子供じゃないんだ。ミチルにたとえ何かあったとしても、それは俺がとやかく言うことじゃないし、自分でどうにかすんだろ。
そんな気持ちを込めてそっぽを向けば、はっとしたようなミチルの顔。
さらに言いようのないイライラが募る。
そんな泣きそうな顔するなら本当のこと言えよ。別に知りたいわけじゃねーけどさ。
第一、俺に嘘つく前によく考えてみろよ、お前右利きじゃねえか。どうやったら包丁握ってて右手の指を3本も切るんだよ。
そんな俺の苛立ちを余所に、授業の開始を告げるチャイムがひどく機械的に鳴り響いた。
―――この時に、もっと深く追求する勇気があれば、もっとミチルの様子を気にかける優しさがあればと、後悔することになるなんて、俺は微塵も想像しなかった。