PSBU
□泳ぐイルカ
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dh「チヒロ、ここで体系移動だから」
「はい」」
eu「んで、此処終わったらトゥギヒョンからマイク貰って」
「ああ…なるほど」
今何をしているかというと、A-CHAの音楽が流れるCDプレーヤーを、ヒョクチェとチヒロと三人で一緒に囲んで、振りと移動の確認をしているところだ。
チヒロがアメリカで過酷なリハビリを受け、奇跡的に現場復帰を果たし、アメリカから韓国に帰って来てから今日で三日目になる。
一日目はメンバーの皆で打ち上げをして、二日目はチヒロはTVに出ずっぱりだったため、今日やっとA-CHAや新曲のOppaの練習ができることになった。
事務所の練習室の一番小さい場所を午前から午後までこの三人で貸し切っての練習。チヒロはすごく大変そうだけど、まるで練習生の頃に戻ったみたいだと、俺とヒョクチェは楽しんでいた。
音源を何度も繰り返し聞いて、忘れないようにヒョクチェと俺の言うマイクワークや体系の移動について必死に床でメモ帳にメモ書きするチヒロの字はすっかりハングルになっていた。
前までは中国語だったのに、何でハングルに変えたのって聞いたら、ハングルの方が書きやすいらしい。…こうやって見ると、やっぱりチヒロは頭が良いんだなと思う。
俺もM活動で中国語の勉強はしていたけれど、そんなに字をすらすら書けるほどにはまだほど遠い。
eu「もう一回聞く?」
「いいえ、もう大丈夫です」
dh「じゃあ最初っからやってみる?メンバー揃ってないから練習しにくいだろうけど…」
「リハーサルの時に確認しますから」
eu「振りはもう完璧なの?」
「YES」
そう言って自慢げに微笑むチヒロに俺達も笑みを返す。
いくらブランクがあっても覚えがいいのは変わらないみたい。
でも、チヒロは休んでた分確認し直さなければいけないダンスナンバーも沢山あるし、なによりSS4のプログラムのことを本人はなにより心配している。まだ台湾と、あとは日本での東京ドームコンサートがあるから。
ソロはバラードでギターの弾き語りだからチヒロにはもってこいだけど、『U』だって『BONAMANA』だってもう随分長い間踊っていなかったし、流石のチヒロも不安で仕方ないみたいで、暇があれば宿所でずっとDVDを見て振りの確認をしているから、また悪い癖が出て体調を崩さないか心配だ。
でも、チヒロと一緒にMusicAwardに出られなかったのは少し残念だったかな。
それでも、現場に戻ってこられたのならそれでいい。
dh「チヒロ、あんまり根詰め過ぎないでよ、お願いだから」
俺の言葉にチヒロは「平気です」と答える。
「絶対体調も崩しませんし無理もしません。足が痛くなったらちゃんとオッパ達に報告。これ破ったらSS4には出させないって契約書まで書かされたので、ご心配なく!」
出れないのは私も困りますし、もう心配かけたくないんです言いながらチヒロは黒いTシャツの袖を捲る。
「無理して我慢して、それを私が一人で抱え込むのは、オッパ達を逆に心配させるんだって…分かりましたから」
dh「チヒロ…」
eu「やっと分かったの?w」
ヒョクチェの言葉に、チヒロは肩を竦めて苦笑する。
「すみません。…でも、これからはちゃんとオッパ達に言います」
約束します。
そう言い切ったチヒロに嘘は見られない。
それに俺とヒョクチェは顔を合わせると、お互いに笑い合ってチヒロに抱きついた。
「うわ!?オッパ!?」
eu「このッ可愛い奴めぇ〜」
dh「チヒロが帰ってきてほんとに良かったよぉ〜」
いつもだったら「暑苦しい」とか言って嫌がるチヒロだけれど、今日はチヒロは黙ったままで俺たちにされるがままにされていた。ヒョクチェに頭を撫でまわされて髪がぐちゃぐちゃになっても、俺がいくら抱きしめてもチヒロは嬉しそうに笑ってる。
ああ、やっぱりチヒロが居るって幸せだ。
そんなことを思っていたら、チヒロの頭をがしがし撫でまわしていたヒョクチェの手がぴたりと止まって、思いついたように手を叩いた。
eu「A-CHAの練習終わったらさ、出前取ろう」
「「出前?」」
突然の提案に、チヒロと俺は首を傾げた。
eu「ほら練習生のころ良くやったじゃん。ダンステストの前の土日は朝から練習室取ってジャージャー麺の出前昼に取ってた」
dh「ああーっ懐かしいそんなことやってたなぁっ」
「いいですねそれ!Oppaはジャージャー麺食べてから練習します!」」
dh「それがいいよ。じゃあ練習する前に電話しといたほう良くない?」
eu「あそっか」
「私電話します」
チヒロはジャージのズボンのポケットから携帯を取り出して、練習室の入り口の辺りで電話をかける。
…すごい、店の電話番号覚えてるのかっ、恐ろしい記憶力!
dh「…ほんっとに、この感じ懐かしいよ」
eu「そうだな。…こうして今昔振り返ってみると、俺たちってやっぱ変わったよね。昔と比べてさ、イモ臭さ抜けたっていうか」
そう言うヒョクチェに俺は笑う。
確かにイモ臭かったかなぁ、昔は。
昔はデビューするために必死だったけど、今は自分たちのことを支えてくれるファン達のために感謝の気持ちを伝えたいと思っているし、もっと沢山の人達に、スーパージュニアを知ってほしいと思ってる。
立場が変われば見方も変わり、見方が変われば目標も変わる。
でも、そういう世の中の流れの中で生きて行く俺たちにも、変わらないものもちゃんとある。
dh「…今年で付き合い始めて10年目くらいかな?」
eu「あーそうだ!もうそんなにかぁ…」
dh「その三人でグループ結成っていうのも、昔じゃ想像もしなかったよね」
eu「僕たちは、SUPER JUNIOR Team-Dです!!なんて言うなんてw」
dh「こんなに一緒にいるのに、昔っから何にも変わらないじゃん、俺たち」
eu「…言われてみればそうかもしれない」
dh「やっぱりもう、…三兄弟なんだろうね」
電話をしているチヒロのことを見つめながらそう溢した俺に、ヒョクチェが俺の名前を呼んだ。
eu「――ドンヘ」
dh「ん?」
稀に見る真面目な顔をしているヒョクチェと目が合う。
eu「ドンヘはそれでいいの?」
dh「それでいいのって…何が?」
eu「好きなんでしょ?…チヒロのこと」
その言葉に息を呑む。
問いにすぐ頷くことができないのは、好きだと彼女に思いを告げられない理由があるからで…
eu「ずっと家族のままなんかじゃいられないんだ。チヒロだって今はSUPERJUNIORだけど、いつかは好きな人だってできるだろうし。…もしもそうなったら、ドンヘは耐えられる?」
練習生だった頃の俺だったら、すぐに首を振ったと思う。
チヒロが自分じゃない誰かのものになるなんて、耐えられなかったはずだ。だって本当にチヒロのことが好きで大切だから。もちろんそれは今だって変わらないし、昔よりも、この気持ちは大きくなってる。
…だけど、
あの時の俺とチヒロは、
ただの先輩と後輩だった。
dh「…チヒロが好きな人で、相手もチヒロのことを幸せにしてくれる人だったら、俺はいいって思うよ」
eu「ドンヘ、」
dh「だけど、そうじゃないなら―――、俺は諦められない。…でも、どうしようもないじゃん。だって俺たちメンバー同士なんだもん。…兄妹なんだ」
家族はお互いに恋愛なんてするもんじゃない。
なによりも、俺とチヒロはただの先輩後輩ではなくて、同じSUPERJUNIORのメンバーなんだ。
いくらチヒロのことが好きでも、その思いのままチヒロに接することは許されない。
dh「今はあんまり、深くは考えられないよ…」
eu「…そっか。…そうだよな」
ごめん。
と、小さくヒョクチェが謝ったのに、俺は笑って落ちている肩をポンと叩く。
「先輩、30分後には来れるみたいですよ!」
dh「ああ、じゃあもう練習しよう!」
話しも丁度終わったところでチヒロも出前を取り終わった様子。
それに俺たちは気を取り直して、A-CHAの練習を始めた。
チヒロは一番最初のソンミンヒョンが今まで歌っていたパートと、ラストをリョウクとソンミンヒョンと一緒に歌うことになっている。
ソロのパートは少ないけれど、ダンスグループに混ざるからセンターに来ることが多いから、カメラに映らないってことはないと思うし…、
取りあえずはクリスマス前、23日のMUSICBANKカムバックステージまでにはMrsimpleとsuperman、A-CHAの三曲は完璧にこなせるようにまで持って行かなければいけないため、練習する時は真剣モードだ。
出前が届くころにはチヒロも体形移動とマイクワークをなんとなくだけれど理解できたみたい。
あとはリハーサルでどれだけ本番の間合いを掴めるかが問題になりそう。
Oppaのほうはそんなに振りも難しくないから大丈夫だろう。
それにしても、チヒロの一番のカムバックがMUSICBANKのOPPAOPPAというのがまたチヒロらしくて面白い。
TeamDとして出れるなら、ステージの感覚を取り戻すのには丁度いいと思うし…
eu「なんかドンヘの方が量多くない?」
dh「多くないよ!」
「皆一緒ですよ。それオッパが食べたから減ってるだけです」
eu「えー…」
出前のお金は食べ終えた後にジャンケンで決めることになり、取りあえずは受け取ったチヒロが払って、三人で丸くなってジャージャー麺を食べる。ほんと昔に戻ったみたい。
チヒロは長く伸びた髪が邪魔みたいで、髪を耳にかけて背中に流していてからジャージャー麺を食べる。
dh「チヒロ髪長いとすっかり女の子だね」
「あの、…オッパ元々女ですけど、」
dh「いや前と比べて更にって意味だから!」
剣呑な目つきで俺を見つめてきたチヒロに慌ててそう弁解するけど、チヒロは気を害したわけではない冗談だと笑った。
「えへへ…まぁでも、今日の夜切りますけど」
「「え」」
衝撃的すぎるその発言に、俺とヒョクチェは同時に唖然とする。
それにチヒロは箸を止めて怪訝そうに首を傾げた。
「なんですか、二人ともそんな顔して」
dh「切るって、もったいないよ!!」
eu「そうだよ!折角ここまで育ったのに!」
「育ったのにって…、だってOppaのステージににこんな髪じゃ出れません」
eu「チヒロ、俺はっきり言うけどさ、今のチヒロはガールズグループのメンバーより遥かに可愛いよ」
「…はい?」
dh「だから切ったら勿体ないって」
「嫌です」
「チヒロやぁ〜お願い」
「…そんなに短くしませんよ。Mrsimpleくらいでやめておきますから変な声ださないでくださいっ」
俺がチヒロに縋りついて懇願すると、チヒロはそう言って俺を突き離した。
うわ、今のちょっと胸にグサッと来たよ!?
でもまぁ…
dh「…Mrsimpleかぁ…」
eu「それならまだ妥協できる。ソリソリまで切られたらどうしようかと思った」
あの時のチヒロは本当にチヒロらしいと思った。
可愛さの中に格好良さも見えるような衣装と髪だった。…内緒だけど携帯にジャケット撮影の時の隠し写メールを保存してあるしw
eu「髪の色は?」
「変えようかなぁ…もうすっかり元の色に戻ってますから」
dh「チヒロって髪黒いよね」
「はい。黒は好きなんですけど、照明映えしませんから。無難にブロンズとかキャラメルにしようかなぁ…」
黒髪は照明の色を吸収し、ステージに立つとあまり目立たなくなってしまうという欠点があるから、チヒロはあまり黒髪にはしないみたい。
ドンドンの時なんて赤髪だったし。
eu「じゃあさ、銀にすれば?」
「へ?」
eu「思い切ってさ、俺やめたからチヒロに受け継がせるのもありじゃない?」
dh「あーでも似合いそう」
「うわぁ…想像もつかない」
eu「やるだけやってみなよ?」
「なんか少し怖いなぁ」
dh「じゃあピンク「嫌ですよ」…ですよね」
俺の提案が即却下され、チヒロは銀髪にしようか迷ってるみたいだ。
…と、そんな所でチヒロの携帯が鳴る。
相変わらず初期設定音で、慌てて水筒の水を一気に飲み込んだチヒロが、通話ボタンを押す。
「はい、チヒロですが」
その間俺とヒョクチェはジャージャー麺を食べていたけれど…
「はい!?」
突然チヒロが驚愕の声を上げたので、俺とヒョクチェは思わず箸を取り落としそうになる。
気になってチヒロの顔を見たら、チヒロは俺たちの視線にも気づく余裕もない様子で、テンパっている。
「あ、あのでも、私でいいんですか…」とか、「期待にはお答えできないですよ」とか随分と弱気な発言を連呼しているけれど、結局話しは固まったみたいで…、
チヒロは肩を落として通話ボタンを切ると、がくりと携帯を持ったまま項垂れた。
「なに?」
「なんか嫌な仕事でも入った?」
気になって二人で問いかけたら、チヒロは間を置いて、ぼそりと呟いた。
「…ル……が」
「なに?」
良く聞こえなくてもう一度問いかけると、チヒロは緩慢に顔を上げた。その顔はなんだか泣きそうで、俺たちは何を言われたんだと気が急く中、チヒロは言った。
「ウギョルの仕事が」
「「…え」」
神様、
うぎょるって…
なんでしたっけ?