PSBU
□それは知らない気持ち
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俺たちがまだ出会って間もなくて、デビュー前、社長の提案によりメンバーと社長でキャンプをしに行った時のことだった。
社長室でデビューを告げられた時、俺は本当に嬉しかった。
長い間SMエンターテイメントの練習生として、諦めずに頑張ってきた努力がやっと報われたのだと、泣いて喜んだ。
でも、他のメンバーも泣いている中、チヒロだけは泣いていなかった。
チヒロはその当時は18歳で、受験を間近にしている女の子だった。
12人が男のグループの中で、チヒロだけが女の子。
正直、すごく同情した。社長も酷なことをしたものだとチヒロのことを痛々しく思っていた。
いくらダンスと歌が上手くても、チヒロがデビューをしてバッシングを受けることはもうその時点から予想がついていたから…
デビューが決まってから、俺たちは団体行動を取ることを決められて、自分たちの宿所の場所が確保されるまで揃って東方神起が暮らしている宿所に一緒に住むことになった。
もちろん部屋沢山あるわけじゃないから、寝るときだってほとんど雑魚寝だったし、チヒロだけのために一部屋開けてやる余裕もなくて…、
それでもチヒロは嫌がらずに、「構いません」と笑っていたけれど、本当は辛かったと思う。
俺はキャンプの日、酷く体調が悪かったけれど、メンバーの誰にもそのことは話していなかった。
そんな中で薪集めをするって話になったとき、不運にも俺はじゃんけんで負けてしまって…だけど、それを見たチヒロが、「私も手伝います」と言ってついてきてくれた。
チヒロは女の子の中では背も高くて、セミロングの黒髪が良く似合う子だった。
でも、俺から見ればチヒロはまだまだ幼かった。
山道を歩いて、地面に落ちている木の枝を集めている最中、今までずっと口を閉ざしていたチヒロが、俺の名前を呼んだ。
「あの、ジョンスせ…ヒョン」
センベ(先輩)と呼ぼうとして、言い換えたチヒロは、俺が言った言葉を守ろうとしてるんだと思う。
メンバーになったんだから、俺たちに境界線を引くような呼び方はしないでほしいと言ったのに、「おっぱ」ではなく「ヒョン」と呼ぶチヒロは、男所帯の中で過ごすことを意識してるのが分かる。
「どうかしたの?」
振り返ってチヒロに問いかければ、チヒロは首の後ろを触りながら、視線を泳がせて控えめに言った。
「具合…悪い、ですか?」
「え?」
その言葉に、俺は思わず目を見開いた。
極力ばれないようにしていて、まだメンバーの誰一人にも気付かれていなかったのに…
まともに話したこともないチヒロに気づかれたのだから、驚かずにはいられなかった。
「なんで、」
否定をしない俺に、チヒロは俺と始めて目を合わせた。
まだ出会って間もないチヒロが俺を見つめる瞳はまるですべてを見透かす力を持っているみたいに綺麗で澄んでいた。
チヒロは俺の傍へとやってくると、少しだけ背伸びをして俺の額に手を当て、もう片方の手で自分の額に手を触れると、それから眉間に皺を寄せた。
「熱があります」
「っ平気だよ、これくらい」
「私が集めますから、ヒョンは戻って休んでください」
「そんなことできないよっ」
「駄目です!」
チヒロはそうきっぱりと言い切って、俺の手を掴んだ。
それから来た道を歩き出す。
大丈夫だから、そう言ってチヒロの手を振りはらおうとした時、眩暈がした。
「っ…」
「!?ヒョンっ」
チヒロは慌ててそんな俺の身体を支えた。
「っごめん」
「謝らなくても…」
チヒロは困ったような顔をしていたけれど、すぐに唇を引き結んだ。
それから自分の身体がぐいと上に浮かぶのを感じて、何事かと思ったら、俺はチヒロの背中に背負われていた。
それには流石に驚いて、
「チヒロ!大丈夫だよそこまでしなくても!」
と慌てたけれど、チヒロは頑なに俺を降ろそうとしない。
「降ろしてっ」
「平気っですから、あんまり動かないでください」
「チヒロ女の子でしょ!?こんなことしなくていい…」
「女ですけど、それで迷惑かけたくないんですっ」
「!」
その言葉に何も言い返せなくなる。
まだ短い間しか宿所で生活をしていないけれど、自分が女だからということを盾にすることは、チヒロは絶対にしなかった。
「それに、ジョンスヒョンは、私達のリーダーになる人、ですから…」
ヒョンはこれからたくさん辛いことを担うことになるから、少しくらいは支えになりたいんです。
そう言ってくれたチヒロの言葉は、今でも俺の胸の中に残っている。
昔から、チヒロは痛いほどに優しい。
その優しさに何度も救われてきたけれど、守られてばかりの自分が情けないとその度に思った。
白い錠剤を二錠水と一緒に飲み込んで、ため息を吐く。
”…私には、分かります”
チヒロの優しさは昔から変わらないけれど、まだ幼くて、妹みたいだったチヒロはもう、子供じゃない。
大人なんだ。
それに気づいてから、俺はもうチヒロのことを妹として見れなくなってしまった。
「…ごめん、チヒロ」
家族になろうと言ったのに――、
それを守り通せないことへの罪悪感に息が詰まりそうだった。
兄のままでいられなくてごめん。
そうであろうとしても、この気持ちはどうしても抑えられないんだ――
兄は妹に、こんな気持ちは抱かない。
俺だけのものにしたいなんて
(胸が焼け焦げそうなくらいに、熱くて痛い…)