PSBU
□雪の天使
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「チヒロってさぁ…中国人、なんだよな」
「うん。ユンホがそう言ってたし…チヒロってあの、社長直々にスカウト受けたって有名な子でしょ?」
「…だよな」
「なに?あの子がどうかした?」
「…ヒョクチェはさ、どう思う?」
「どうって、何?」
事務所近くのラーメン屋で、向かいに座っているヒョクチェが、ごくりと水を飲み込んで首を傾げる。
「…いや、なんとなくさ…噂で聞いてた感じとは、随分違うなって思って」
「…あー、なるほど、そういうことね」
ヒョクチェはラーメンを一口食べた後、お箸を持っているほうの手に顎を乗せて、視線を上に向けながら「うーん」と唸る。
それからしばらくして、
「まあ、今日会ったばかりだったから、よく分かんないけど。ユンホが一緒に居るっていうことは、悪い子ではないんじゃない?…っていうかさ、」
「なに?」
「悪い子とかいい子だとか、そういうのは付き合ってみなきゃ分かんないじゃん。人それぞれ感じることは違うわけだし――それに、あの子まだ子供じゃん」
「…ヒョク、」
「ん?なに…」
「子供って言ったって、俺たちと一つしか違わないじゃん」
「…まあ、そうだけど」
俺ちょっといいこと言わなかった?と笑うヒョクチェに苦笑を返す。
確かに、ヒョクチェの言うとおりだと思った。
噂で聞くチヒロという女の子に、良い印象はなかった。
人を馬鹿にする、そのくせ根暗で、冷たい。そんな話しか聞いてこなかったから…、
だけど、
なんだろう。
チヒロと目が合った時、自分は今までに感じたことがない感覚に陥った。
「…あの子――怯えてたよ、ね」
「…うん、だね」
『同情』
その言葉に、良い印象は抱かない。だけど、そうせずにはいられないくらいに、あの子は…傷ついていたから。
批判するべきではない。
俺たちだってまだまだ子供だけど、中学を卒業したばかりで、それに中国から韓国に移り住んでまで事務所の練習生になって、毎日頑張っている子を、年上の俺たちが悪く言うなんて、恥ずかしいことじゃないか。
そう思った。
『チヒロって言うんだけど…知ってる?』
『いや、名前は…聞いたこと、あるけど』
そう言って俺たちがチヒロを見た時、彼女は明らかに、怯えた。俺たちに。
名前は聞いたことがある。
それは、チヒロに対する批判的な噂を聞いたことがある、と言っているのと同じことで、ああ、これは失言だったなと後悔した時には遅かった。
『チヒロ…?』
『せ、先輩…帰る、』
『チヒロ?どうしたんだよ』
『っ…、』
ユンホのジャージの裾を引っ張って、後ずさるチヒロの口からは、不慣れな韓国語と断片的な単語。
服の裾を掴んでいる彼女の小さな手は、震えていた。
『チヒロ、待って…』
『…っは、い』
『…そんな怖がらないで』
思わず零れた言葉に、チヒロは瞳を大きく見開いた。
まるで捨て猫みたいな目をしていて、胸が締め付けられる。
そしてそれと共に、罪悪感に苛まれた。
『よろしく。俺ユンホの友達のドンヘ、と、こいつが同じく友達のヒョクチェだよ』
『よろしく!』
そう挨拶して、チヒロの頭に手を乗せた。そうすると、チヒロは一瞬きゅっと唇を引き結んだ後、ほっとしたような顔をして、微笑んでくれた。
”よろしく…おねがいしますっ…先輩!”
笑った顔は、すっごく可愛かったなぁ……なんて、
「…ねぇドンヘ」
「ん?」
「さっきからチヒロの話ばっかだけど…まさか気になるの?」
「…へ?」
恋の予感
(ば、そんなんじゃないよ!)
(なんでムキになるんだよー余計怪しい)
(違うって!絶対違う!…たぶん、)