PSBU

□全部あげたい
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「っ……ヒョン」




 俺は思わず、手に持っていたお酒の袋を落としそうになった。
 おじいさんが、夜ごはんに餃子を作るのに、材料を専門店に買いに行くと言って、そのお酒屋さんから近い餃子専門店へと足を進めたのに付いて行くと、


 そこのお店の看板に書かれた名前に見覚えがあって…、
 


 そのお店のカウンターに立っている人の姿を見て、思わず息を呑んだ。

 そんな俺の視線に気が付いた――ハンギョンヒョンも、俺を見て目を見開いた。





「…!?キュヒョン、か…?」















 思わぬ再会を果たした俺たちに、おじいさんは気を遣ってくれたみたいで、ヒョンを家に来るように誘った。

 ヒョンは遠慮をしたけれど、店の方は任せなさいとヒョンのご両親が許可を出してくれたため、チヒロの家の二階の部屋に案内してくれた。


 直接顔を合わせたのは、もう何年振りか分からない。

 ヒョンはやっぱり、相変わらず格好良くて、以前会った時よりもすごく大人っぽく見える。

 中国の旧正月なんだから、ヒョンが地元にいてもなんらおかしいことはない。



 でも、



「ヒョン……痩せましたね?」

「そう?自分じゃわからないけど。……でも、驚いた。キュヒョンが此処に…なんでチヒロのおじいさんと一緒にいるの?」

 ヒョンの疑問はもっともだし、俺も会えると思っていなかったからやっぱり驚いてる。

 このことは、ヒョンには話すべきではないのかもしれない。だけど、話したい。だって、ヒョンは知るべきだと思うから。それに隠したくなかった。






「……まだ世間には公表してないんだけど、俺達付き合ってるんだ」

「!」

 ヒョンは目を見開いて固まる。無理もない。
 突然会ってこんな話をされたら、きっと俺だって驚くから。



「…キュヒョンと、チヒロが付き合って……驚いたな」

「ヒョン、このことは」

「分かってる。言わないから安心しろ」

 ヒョンがそう言ってくれると、安心できるのは、いろいろあったけど、やっぱり俺も、ヒョンのことを信頼してたんだなって思う。


 それに、なんだかヒョンは嬉しそうで…。



「ありがとう。話してくれて」


「メンバーには話しましたから、ヒョンにも知る権利はあります」

「……悪かった」

 俺の言葉に、ヒョンは複雑そうな顔をして、それから頭を下げる。
 

「今更です」

「だよな…」

 そっけないような俺の返事に、ヒョンは肩を竦めて笑う。
 それから、少しだけ真剣な顔をして、俺を見つめて言った。





「チヒロのこと、幸せにしてやれよ?」

「もちろんです」




 チヒロのことは守ると、おじいさんとも約束した。


 そしてそんな時、階段を上る足音が聞こえてきて、部屋のドアがばっと開いた。

 現れたのは、息を切らしたチヒロで…

 



「っ兄さん!」

「チヒロ……」

「っ……兄さん、」

 チヒロはハンギョンヒョンの顔を見るなり、顔を両手で覆って、床に崩れ落ちた。

 そんなチヒロの傍にハンギョンヒョンは屈んで、優しく背中を撫でる。



「チヒロ、泣かないで…」

「酷いっじゃないですか…………っすこしくらい、連絡くれたって」

「しにくくてさ」


 正直なその返答に、チヒロは懸命に涙を服の裾で拭って、顔を上げると、涙目のまま笑った。


「っ兄さん……会いたかったです」


 それにヒョンは驚いた顔をしたけれど、すぐに破顔して、チヒロの頭を撫でる。



「俺もだよ。チヒロ……たくさんつらい思いしたよな」

「っ」


 それから俺のほうを見て、また笑う。


「でももう大丈夫だ。…チヒロのこと守ってくれる人ができたから」

「ヒョン…」

「キュヒョンなら、お前のこと幸せにしてくれる」

 ヒョンは俺よりもずっと前から、チヒロのことを知っていて、そして見守ってきた人だ。
 俺がヒョン以上の存在になれるかはわからないけど、絶対守ると誓ったから…。





「なぁ、キュヒョン?」

「はい。チヒロは俺が幸せにします」

 この言葉を、おばあさんたちではなくてヒョンに先に言うことになるなんて思いもしなかったけど。



 
「っギュヒョナ…」

「良かったな?」

「うん。…っ兄さん、」

「ん?」

「いつか、会いに来て……韓国に、みんなに会いに」

「そうだね……」




 それからしばらくして、ヒョンは自分のお店の手伝いに実家に戻って、俺はチヒロの目の腫れが落ち着くまでチヒロの傍に居た。
 腫れが引いた頃合いに、俺たちは二階を降りて、居間にいる三人の元へと戻って、たくさん話をした。


 それからチヒロとおばあさん二人が一緒に作った夕食を五人で囲んで食べ終わった後、二人で孫子さんの歌を歌ったら、感動して泣いてくれた。

 それに、俺もチヒロも泣きそうだったけど、ほんとうに幸せで暖かい一日で…




 こんなに心が和やかになったのは、久しぶりだった。





















 明かりもすでに消して、もう夜遅い時間だから、隣の敷布団に眠るギュヒョナの横顔は辛うじて輪郭が分かるくらい。



「…ねぇ…ギュヒョナ――、もう寝ちゃった?」

 
 名前を呼ぶと、ギュヒョナはもぞもぞと身体を私の方に向ける。少し距離が近づいて、ギュヒョナがどんな顔をしているか分かるようになった。


「…眠れない?」

 
 私の髪を梳くように撫でるその指先と、心配そうな表情には彼の優しさが溢れていて、胸の奥がくすぐったくなる。

 
「…少し話したいことがあるの」

「なに…?」


 今日はギュヒョナだって長旅で疲れているだろうし、両親にも気を遣ってくれたから、気力的にも疲れてるんじゃないかと思う。
 だけど、このことは今日のうちに伝えておきたかった。






「私…今日、すごく幸せだった…ギュヒョナがヒョンに、”チヒロは俺が幸せにします”って言ってくれた時、本当に嬉しくてね…」


「うん」


「だからね…その、上手く言えないんだけど」


 始めて私が好きになった人で、
 始めてこんなに、大切にしたいと思った人。


 今日のギュヒョナは、いつもと違って本当に大人っぽくて、こんな人が私の彼氏なんだと思ったら、なんだか気後れしてしまいだ。なんて、思ったりもしたけれど…



「…私も、ギュヒョナを幸せにします」


 でもやっぱり、私はギュヒョナの傍に居たいわけで、


 こうやって私に幸せな時間をくれる分、私もギュヒョナを幸せにしてあげたい。


 

「…うん、ありがとう」



 ギュヒョナは少し間を置いた後、優しく微笑んで、私の額にキスをする。

 それから頭を撫でてくれて、胸の中にまた幸せな気持ちが広がっていく。
 暖かくて、甘い。


 こんな気持ちになるのは本当に始めてで…なんだか照れくさい。

 そう思って掛け布団を口元まで引き上げようとしたら、


「チヒロ」

「ん…?」


 ギュヒョナに名前を呼ばれて、再び横を向く。




「…俺も今日一日、幸せだった。…此処にこれて、本当に良かったよ」

 そっか。
 そうなら、私はすごく嬉しい。


 自分の家族と過ごした時間を幸せだって言ってくれて、こんなに嬉しいことはない。
 

「ねぇ…キュヒョナ、手…握っても良い?」


 そう言ったら、ギュヒョナは私の布団の中に手を入れて、きゅっと手を握ってくれた。


「珍しく甘えただね、チヒロ」

「ね…、眠いから」

「…それ、言い訳?」


 からかうかうような口調でそう笑われて、恥ずかしさが絶頂に達した私は、ギュヒョナの手を離そうとしたけど、一瞬離れた手はすぐにギュヒョナに捕まえられる。


「!」

「…好きだよ」

「…っ、不意打ち」


 思わず空いていた方の手で口元を押さえてギュヒョナから視線を逸らすと、くつくつと喉を鳴らして笑われた。



「おやすみ」
(私は…

(俺は…



((この人を、幸せにしたい))

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