PSBU

□書き記すだけの、
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「…寒ッ…」



 吐き出した息が白い。


 暖房も消された事務所の練習室で隅に座って、一人自販機で買った暖かいココアの缶を開けて一口飲み込む。


 明後日はいよいよ、MUSICBANKのカムバックステージを迎えることになる。

 ドンヘオッパとヒョクチェオッパが、私のことを沢山サポートしてくれたし、他のメンバーも皆、ブランクのある私のことを見捨てずに助けてくれた。

 それに応えたいという思いと、私のことを待ってくれているファン達の為にも、完璧なパフォーマンスを見せたい。

 そんな思いが強くて、今日は事務所管理をしている警備のおじさんにお願いして、遅くまで練習室を貸し切っていた。

 かれこれもう四時間ぶっ続けで練習していて汗だくの状態のまま寒い部屋の隅で休憩なんか取ったものだから、さっきまでの暑さが嘘みたいに、汗が冷えて身体が冷え込んでしまう。



 地元ほどではないけれど、韓国の冬だって寒い。これで体調を崩したら事だけど、ココアを飲んで一服したら、あともう少しだけ練習したい。折角練習室を貸し切ってもらったんだ。こういうことは滅多にしてもらえることじゃないから、時間の許す限り頑張りたい。
 
 

 ガラス窓越しに外の景色の方へと視線を向ければ、しんしんと白い雪が降り注いでいるのが見える。

 こういう雪がクリスマスに降っていると、きっとロマンチックなんだろうな、なんて思っていると、急に「「Silent Night Holly Night」」の前奏が頭の中で流れ出して、私は一人なのを良いことに、久しぶりに讃美歌を歌った。








清しこの夜 星は光

救いの御子(みこ)は 馬槽(まぶね)の中に

眠り給う いと安く


清し この夜 御告(みつ)げ受けし

牧人達は 御子の御前(みまえ)に

ぬかずきぬ かしこみて



清し この夜 御子の笑みに

恵みの御代(みよ)の 朝(あした)の光

輝けり ほがらかに




 ぼんやりと練習室の照明を見上げながら歌い終えると、突然ぱちぱちと拍手が聞こえてきて、入り口の方へと視線を向ければ、ドアの縁に寄りかかり手を叩いていて微笑んでいるユンホオッパが居た。



 驚いて私はその場に立ちあがると、オッパは練習室の中に入ってくる。
 




「相変わらず上手だね、チヒロ」

 そう言ってオッパは私の前までくると、大きな手を私の頭の上に置いた。

 もうそろそろ、日本でのツアーコンサートが始まるオッパ。
 練習で前よりも少し、痩せた感じがする。

 
「オッパ、何でここにいるんです?」

「ちょっと会議があってさ。それで帰ろうと思ってたら、讃美歌が聞こえてきて…あ、おの声チヒロじゃんってw」


 一人で寂しく讃美歌なんて歌ってて、変に思いませんでした?と苦笑したら、「そんなことないよ」とオッパは笑って、私の頭の上に乗せていた手でわしわしと頭をかいぐった。

 こうやってオッパに頭を撫でられると、私がまだ練習生だった頃のことを思い出す。
 落ち込んだり、悩んだり。
 そういう時、オッパはいつも私の頭を撫でてくれて、その度にいつも励まされていた。




「チヒロと二人で会うのは久しぶりだ」

「はい!そうですね…、オッパ、なんだか痩せました」


 そう言うと、オッパは少し嬉しそうに笑う。

 それから私のことを見て、目を細めた。




「――チヒロが戻ってきてくれて、本当に良かった」

「オッパ…」

「ありがとう」

「!」



 思わぬ言葉に目を見開く。

 なんでお礼を言うんだろう。そんな疑問を持つ私を察してか、オッパは話しを続けてくれる。


「歌手、辞めないでくれて…ほっとしたんだ。もしかしたら、事務所出てっちゃうんじゃないかとも思ってたから、さ」


「それでも、オッパがありがとうって言うのは、おかしいですよ?」

「えー…そう?」

「そうですよ」

「でも、約束は守ってくれただろ?」

「約束?」


 なんのことですか?と首を傾げたら、

「なに?忘れたの?」
 
 と、オッパはくつくつと喉を鳴らす。

 それから、私が座っていた場所に腰を落として、置いていたココアを一口飲んだ。
 あ、勝手に飲まれた。と心の中で思ったけれど、特別口にはせずに、私はオッパの隣に座る。




「どんなに苦しくても、歌手は辞めないって約束。…したでしょ?――チヒロがまだ、デビューが決まって間もないころに、宿所でさぁ」
 
「っああ!」

 言われて思い出した。


 私達がまだデビューが決まって間もない頃、宿所の確保ができなくて、東方神起と一緒の宿所で生活をしていた。

 その時に、私はそんな約束をオッパと交わしたことがあった。
 
 私にはきっとアンチが多くなるだろうから、それに負けるなって、ユンホオッパがいつも私の背中を支えてくれていたから…


「…あの頃は、お世話になりました」

「チヒロにも、いっぱい助けてもらったよ。俺たちもあの頃はいろいろあったし…。それに、俺が入院した時もさ」

 昔、オッパはファンを装った人から接着剤入りのドリンクを渡されて飲んでしまったことがあったけど、それにはメンバー達もショックを受けていた。

 みんな、いろんなことを経験して、それを乗り越えながら道を歩み続けている…



「あの時は辛かったけどさ…でも、メンバーが心配してくれて、もっと頑張ろうって思ったし――それに、チヒロが頑張ってる姿見てたから、こんなことでめげてちゃ駄目だ!って、思った」


 私も昔、アンチが多かった時はいろんなことがあった。
 だけど、その度にもっと頑張らなきゃって、ただがむしゃらに頑張ってきた。
 もちろん、悲しいし、怖かったし…

 でも、なによりも悔しいっていう思いが強くて――

 
 あの時の経験のおかげで、私は今もこうやって、SUPERJUNIORとしていられるんだと思う。

 



「チヒロはさ、前よりもカッコ良くなったけどさ……今は、可愛くもなったよ」

「え?」




 思わぬ言葉に、私は隣に座っているユンホオッパを見た。

 オッパは私の髪を弄ぶように指で弄って、人懐っこい笑みを浮かべて首を傾げる。


 なんだか、今日のオッパはいつもと違う感じがする。





「どうか、しました?」



「――チヒロと始めて話した時のこと、思い出した」




「始めて、話した時?」


 うんとオッパは頷いて、先程までの私みたいに、部屋の照明を見上げると、

「人生って、なにがあるか分からないよな……」



 そう、昔を懐かしむような口調で、ユンホオッパは呟いた。

 





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