PSBU

□仮面に覆われて
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「ちょっ、ドンへ!?」



 それは「オッパオッパ」の日本語版のレコーディングをしている時に起こった。

 突然ドンへオッパがスタジオの中で倒れたのだ。



「お、おっぱ!しっかりしてください!」



 ヒョクチェオッパと二人で声をかけるけれど、オッパは荒い呼吸を繰り返すだけで返事はない。

 マネヒョンが救急車を呼んで、私たちはそのまま車に乗り込み病院へと向かう。
 
 三人でドンへオッパの診断結果を待合室で待っていると、さほど時間もかからずに看護婦さんがやってきた。




「あのっ、ドンへはっ」

「風邪と寝不足が重なったものですから
点滴が終われば帰れます。今日1日は絶対に安静にしてください」




 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
 マネヒョンが事務所へ報告とレコーディング日の変更の連絡をし始める中、私とオッパはドンへオッパが眠っている病室へと向かった。



「……おっぱ、寝てますね」

「そうだね………俺、全然気づかなかった」

「おっぱ、それは私も同じです」



 ドンへオッパが点滴を受けながら眠っているベッドの傍の椅子に座って、しばらくの間じっとオッパを見つめていると、ヒョクチェオッパが口を開いた。


「……チヒロ、最近、ドンへと何かあった?」

「…っ」

「あー、やっぱり」



 その問いと共に私の顔を見たヒョクチェオッパが、案の定と言ったような顔をして、肩を竦める。



「なんか2人とも、おかしいって思ってたんだよ。いつも通りに話してても、ドンへがチヒロに抱きつくこともなくなったし……一緒に居ることも少なくなった気がしてさ」


 ヒョクチェオッパはそう言って、再び眠るドンへオッパへと視線を戻す。


「…ヒョクチェオッパには、やっぱり分かるんですね」



 私よりも、ドンへオッパのことを知っている人だから、メンバーの皆には悟られないようにと努力していたのにあっさりと気づかれてしまったな……そう思って、知らず知らずのうちに握っていた手元へと視線を落とす。







『好きだ』






 その言葉を、私はドンヘオッパの口から聞いたとき、自分の中で、何かが壊れる音がした。
 真っ白な世界の中で、おっぱの瞳が私を揺らぎなく、真っ直ぐに見つめていて……その瞳に、私は恐怖すら覚えた。



 今まで、ずっとずっと触れなかった場所。触れてはいけないのだと言い続けて、


 気づいてはいけないのだと目蓋を閉じて、今ではもう目にすら留めなくなっていたソコ。


 そこに、私は触れてしまった――







「オッパ……私、」





 そしてこの耳で、聞いてしまったんだ。






「ドンへオッパに、告白されたんです」


 その言葉に、オッパは驚きもせず、喜びもしなかった。むしろなにもかも悟っていたかのようで、浅く息を吐き出して、緩く瞳を閉じた。




「…そっか。言ったんだ………」

「オッパ?」


「いつかは言うんだろうなって思ってたけど、まさか今言うとは思ってなかった」

 


 ああ、

 そっか、




 オッパは、気づいてたんだ。ドンへオッパの気持ちを……

 そして、同じように、私自身も……オッパの気持ちに気づいていたということにも。






「チヒロは、どうするの?」


 その結論を出すのが、一番辛いと分かっていて聞いてくるおっぱは意地が悪い。でも、聞かなかったことにすることは出来ないのだから、遅かれ早かれ答えなければいけないことだから…、






「……私は、答えられません」


「………それで、後悔しない?」


「しません」


「その答えは誰のための答えなの。…チヒロのため?ドンへのため?それとも、俺たちのため?」

 言い訳を許さないというような、その問いに言葉を詰まらせる。


「後者なら、それは間違ってる」


 そう断言されて、私はなおさら声が出なくなってしまった。

 頭に言い訳はいくらでも浮かんでくるのに、私の唇は言葉を紡げずに堅く結ばれたままで動かすことはできない。



「…ドンへの気持ちは誰の物でもないドンへのものだよ。チヒロの気持ちも同じなんだから、それを他人のことを考えて偽るのはおかしいよ」

「……オッパの、言うとおりだと思います」

「ならなんで!」

「後者だけじゃない。……前者もです。これがきっと、一番いい答えなんです」

 





―――ねぇチヒロ、辛い?辛いなら一緒に逃げようか?



 何時だっただろう。
 ドンヘオッパにそう言われたことがあった。



 私たちがデビューをしてまだ間もない頃のこと、…なかなか私の存在を世間に受け入れてもらえず、バッシングを受けていた時のことだ。




 あの言葉を聞いたとき、バカな私でも感じた……

 私のことを、オッパは家族として見ていなくて……ましてや友達でも、妹でもなく、女としてみているのだということに。



 ずっとずっと前から、オッパは私を家族としては見ていなかった。

 分かっていたくせに私は気づかない振りをしていたんだ。

 
 許されない恋など空しすぎる。

 結ばれないと分かっていたから、私は目を逸らし続けてきた。怖かった。

 私はいつか、オッパをメンバーとしてではなく男の人として見てしまう日か来てしまうかと思うと、怖くて仕方がなかった。



「私とオッパは友達のまま。ずっとそのまま、私が此処にいて、オッパも変わらず此処にいるなら、それは絶対に変わらない。
 


 此処に戻ってきたのは、ファンのみんなに恩を返す為なのに……これじゃあ裏切り者になっちゃいますよ」



「…………馬鹿だ」

 その言葉は、すんなりと私の胸に染み渡った。その通り。




 私は馬鹿だ。

 馬鹿で嘘つきで、最悪な奴。










「好きなんだろ、ドンへのこと」


 
「…いいえ、」

 席を立ち上がり、ドアへと足を進める。まるで私の心みたいに冷たいドアノブに触れて、捻った。











 いくら彼の言葉にこの胸がふるえようとも、








 好きだと紡がれて涙が出そうになったとしても、















 好きにはならない。
 好きになってはならない。










 好きだと、




 気づいてはいけない。








「好きじゃない」


「っチヒロ!」


偽る、偽れ、そして……


 気づかれるな。









漆黒の毛布


(私の心は、私だけが知っていればいい)

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