孤独な狼

□全部もってかれる
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「兄貴ぃぃぃいいい!」


 ある日の朝のこと、

 ヨンウンと一緒にいつも通り登校して、学校の正門をくぐった辺りで、前から見覚えのある顔ぶれがこちらへと駆けてきた。

 彼らはヨンウンの中学時代からの後輩で、それはもう学校の喧嘩番長と言われていた時代の取り巻きたちでもある。
 
 ヨンウンが学校を卒業して高校に進学してから、兄貴一筋の取り巻きたちは必死で勉強しておっかけでこの高校に入学してきたわけだけれど、その頃にはもうすっかりヨンウンは喧嘩から足を洗って毒気も抜けていたため、彼らは結局彼らだけでまたつるんでいるようだけれど、事があるたびにヨンウンに泣きついてくる。



「んだよお前ら、またなんかあったのかよ?…って、なんでそんなにボコボコにされてんだ?」

 三人の後輩たちは、それはもう顔面は腫れて、着崩した制服は見事に泥だらけ。
 ヨンウンの取り巻きであっただけあって、彼らはそれなりに喧嘩は強いほうなはず。それがここまでコテンパにされるなんて、よっぽど相手が強かったんだなぁ…なんて思っていると、彼らからとんでもない言葉が出てきて思わず目を見張る。


「俺らの縄張りに突然黒いパーカー着た女が入り込んで来たんスよ!」

「だから俺ら言ったんです!”ここは俺らの縄張りだ!怪我したくなかったら出てきな!”って…そしたら、」

「シカトかまされて!それで俺が肩掴んだら、なんの予告もなくここ、殴られてぇッTT!」


 ちょー痛いんです!

 なんて言いながら腫れあがった右頬を指差してめそめそすする弟子に、ヨンウンは呆れたようにため息を吐く。

 
「…ボコされようがなんだろうが、先に喧嘩売ったのはお前等なんだろ?――言ったよな?喧嘩するのは心が弱い証拠だって、んな女にボコボコにされて俺に泣きついてくるぐらいなら、ヤンキーなんてやめちまえ!」


「ぅ…兄貴ぃ…」


 容赦のない一括に、弟子たちは肩を落とす。

「大体にしてお前が縄張りにしてる場所、合唱部の部室の近くなんだろ?邪魔だから場所変えろ」


「んなこと言ったって、他に良い場所ありやすか?あそこが一番校舎から離れてて人も少ないですよ?」

 確か、以前は屋上を縄張りにしていたところ、ヨンウンに「あそこは生徒全員が遣う場所だろうが!」と怒られて、結局人気の少ない場所を縄張りにしたとか言っていたっけ。ヤンキーではあるが、なんやかんやで可愛げのある後輩だと思う。

 
 それにしても、



「本当に、相手は女一人?」


 俺の問いに、


「そうっスよ!間違いないっス!うちの学校の制服、スカート履いてましたし、声も女でしたから…」

「喧嘩は女とは思えないくらい強かったけど…」

「…ほんともう、殺されるかと思ったんですよ…」


 うちの学校の生徒で、パーカーを着て喧嘩が強いって言ったら、あの子しかいない。
 それを隣のヨンウンも分かったようで、俺の顔を見て肩を竦める。


「ともかく、保健室行くなりなんなりして、たまには授業出ろ。折角俺の後追っかけてきて高校入ったなら、親の金無駄にするようなことすんなよ」

「ぅ…でも兄貴、俺たちヤンキーなのに」

「授業出るなんてダサ、」


「お前等…それ本気で言ってんのか?」

 もごもごと言葉を濁す弟子たちに、ヨンウンが声を低くして言うと、



「「「出ます!!」」」


 と三人は深々と頭を下げて、逃げるように校舎へと足って行く。



「…はぁ、ったく…相変わらず馬鹿だ」

「まだ可愛げあるだろ」

「…悪い奴らじゃねぇんだけど。…ったく、こんな朝早く学校くる元気あるなら授業受けろっての」

「…言えてる」


 道理を得ているヨンウンの言葉に頷く。


 今日は天気も良くて、空には雲一つない。
 うだるような青い空の下で、今…彼女はなにをしているんだろう。…なんて、そんなことを考える。

 話したこともない、あのまるで一匹オオカミみたいなあの子のことを―――、


「まだHRまで時間はあるぞ…?」


「…まじ?」


 心中を読み取ったように細い笑みを浮かべる隣のヨンウンに、笑みを返す。





 足は、校舎ではなく、その合唱部の部室へと向いた。












 合唱部の部室の外の壁、日陰に座り込んで、すっかり黒いパーカーのフードと白いヘッドホンを被って顔が見えなくなっている彼女に近づく。


 彼女からはいつも、人を拒絶するような、寄せ付けないような鋭いオーラーが放たれている。だけどそんな彼女に、俺は逆に惹かれてる。



「痛くないの…それ」

「――、」


 人を殴れば必ず痛める拳は、パーカーの袖から見えて、案の定血が滲んでいる。

 彼女、ハルは、俯けていた顔を僅かに挙げて、綺麗な黒眼を細めて俺を睨みあげた。

 でもそれは僅かな時間で、再びハルは何も言わずに視線を落とす。


 もともと期待はしていないけど、こうも興味を持たれないのは多少ショックだ。
 それに苦笑しながら、彼女の前に屈みこんで、傷ついた彼女の右手首を掴んで、血のにじんだそこにハンカチを押しあてようとしたら、強く手を振り払われる。


「おい、」


 それほっとく気かよ。

 そう言おうとしたのに、彼女は勢いよくその場に立ちあがって、速足で歩き出す。


 その後を追いかける。
 

 そして校舎裏で、彼女は足を留めると、後ろを振り返って俺を再び睨んだ。


「…なんで付いてくんの?」

 うわぁ思いっきり敵意むき出しだ。
 それはそうだよな。初対面でこんなに後付けられちゃあ誰だって不審に思うのが普通。


「その手、どうにかしないと。…利き手なんだろ?」

 そこまで擦れてたら流石に痛いだろうし。
 そう言うと、彼女は自分の右拳へと視線を落として、首を横に振る。


「こんなの…痛くないよ」

「俺だったら痛い」

「ほっといて…」


 そう言う彼女に俺が足を近づけると、彼女がぎゅっと拳を握る。


「先輩、聞こえませんでした…?」


 お、以外。
 先輩後輩の分別はあるんだ。

 
「ほっとけない」

「…おせっかいは、一番嫌いです」

「あれ?俺嫌われた?」


 俺はおせっかいなんかじゃないよ。
 それは君だけだと思うけど。なんて言ったって更に嫌われるだけだろうからやめておくけど、近づくにつれて彼女から放たれてくる殺気が強くなる。

 
「これ以上近づかないで」

「やだ」


「ッ…」


 刹那、彼女が腕を振り上げた。
 傷ついた方の右腕を、



 あ、俺殴られる…


 なんて思った最中、





バシャァァァァアアンン!!!



「「!?」」


 突然空から大量の水か落ちてきて、ハルがべしょ濡れになった。

 あまりにも突然の琴似唖然として固まっている俺とハル。

 
 そんな俺たちの間にできた静寂を破ったのは、



「セーフ…間に合った」


 と、聞き覚えのある声で…、
 ふと視線を持ちあげれば、校舎の三階の窓から、青いバケツを持った後輩のギュヒョンが顔を出していた。



「…おまっ」

「先輩無事ですか?まだ殴られてません?」

「いや、無事だけど…」


 お前、殺されるんじゃ…

 なんて内心ひやひやしている俺に反して、ギュヒョンは何の気なしだ。

「――ハル、そうやってすぐ人殴るの治しなよ」

 え…なんで仲良下げ!?

 思わず腕を振り上げた状態のまま固まっているハルへと視線を落とす。
 と、ハルは腕を緩慢に下して、黒いフードを脱いで、ため息を吐く。

「なんか…他の止め方探してよ――、これ後々面倒なんだから」



「なら喧嘩やめろ。あと今日二時間目英語の小テスト」


「…分かってるってば…」


 そう再びハルはため息を吐いて俺の横を通り過ぎる。

 あまりの彼女の変わりようにぼうっとしていたけど、はっとして振り返って呼びとめれば、ハルは足を留めてこちらを振り返ると、



「…お気遣い、どうもです」

 と、無愛想にそんな言葉を残して、歩いていく。










―――…やられた。





≪狼の裏の顔≫

心臓が一度、大きく鼓動した…



 
 











 
 





 








 

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