お題小説

なりにいる距離が、嬉しくて、もどかしくて
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高野さんは、すぐ俺を触りたがる。

「ちょ、高野さん!誰かに見られたらどうするんですか!」

町中を2人で歩いていると、一目も気にせず手を繋ごうとする。

「いいだろ別に。減るもんじゃないし」

「駄目です。俺の中の何かが減る気がします」

「何だそれ」

俺がいくら拒んでも、繋いだ手を更にきゅっと握り締め、離そうとはしない。

・・・分かってんですか。

俺のあんたに対する些細な抵抗の言葉が、確実に減っていくんですよ。

それとは逆に、高野さんが俺から離れようとする事もある。

「悪い。今日は帰ってくれ」

そう言う高野さんの瞳は、10年前の嵯峨先輩と一緒で。

全てを拒絶し、諦めた様な瞳。

横暴さの欠片も無く、風が吹けばふっと消えてしまいそうで。

こんな時、俺は高野さんが無意識に作った領域に、土足で踏み込む。

「じゃ」

そう言って踵を返そうとする高野さんを、俺は引き留める。

「た・・・高野さん!何か悩み事があるなら、俺に話してください」

「え?」

「そ、そのままの状態で仕事に支障が出たら、困るのは俺達の方なんで」

心配だから・・・とは言えないけど、高野さんを放っておくなんて俺には出来ない。

思えば、10年前の嵯峨先輩に対しても、俺は同じ事をしていた。

「・・・そうだな」

必死になっている俺を見て、高野さんは少しだけ笑って

「あがって」

俺を高野さんの部屋に入れる。

座る時も、俺は高野さんの出来るだけ近くに座るようにする。

高野さんが、少しでも安心できるように。

「なんか、お前には助けてもらってばかりだな」

と、高野さんは苦笑するけど。

・・・本当は、俺の方が助かっているんですよ。

どうせあんたは、そんなの認めやしないだろうけど。

少し甘いコーヒーに口を付け、ちょっとだけ、その距離を詰めた。

「嬉しい」なんて、思っていませんからね。

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