パラレル小話

□変わらぬ愛を
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全く、この冗談みたいな状況は何なんだ!

目の前に堂々と立っている人物を、客にも関わらず俺は思いっきり睨み付けた。

それは、この店でバイトを始めてから1年以上経ったある日の事だった。

俺のバイト先は、24時間営業である俗にいうコンビニエンスストアというところだ。

いつもの様にレジを担当していたら、その男は何の前触れもなく現れた。

「おい、お前」

あまりにも突然の事で、一瞬誰に言っているのか分からなかった。

「聴こえてるんだろ?返事しろよ」

「…どうかしましたか?」

今まで色々な人達に会ってきたけど、こんなに乱暴な口調で話しかけられたのは初めてだった。

「ちょっと聞きたい事がある。こっちに来い」

「はい?」

いきなり何なんだろう。

「そこのコピー機の使い方とかですか?」

「いや、違う」

「じゃあ一体…」

「いいから、さっさと来い」

なかなか動こうとしない俺にじれたのか、男は俺の腕を掴んで店の裏側に回り込んだ。

「ちょ、何なんですか!?離してください!」

「うるさい。あんまり騒いでいると人が来る」

知らない男に無理矢理連れ込まれ、情けなかったけど恐怖感が募った。

それでも何とか逃れようとすると、両手首を頭上で拘束されてしまった。

…怖い。

これから起こるだろう最悪の事態を予測して、俺は恐ろしさにガタガタと震えた。

そんな俺をじっと見て、男は口を開いた。

「お前、織田律だろ」

「は…?」

聞かれたのは、突拍子もない問いだった。

「惚けても無駄だ。俺がお前を見間違えるはずがない」

「あの、何か誤解しているかもしれませんが、俺の名前は小野寺です」

ほら、と俺は動かない手の代わりに自分の名前が書かれたホルダーに目配せをした。

「ふーん」

けど、男はそれをちらりと一瞥するだけですぐ俺に視線を戻した。

「そんな事はどうでもいい。単刀直入に聞く。何で俺の前からいなくなった」

「だから、何の話ですか?」

いなくなるもなにも、この人と会うのは初めてなはずだ。

「…お前、本当に覚えていないんだな」

俺から視線を外すと、男は深く溜め息を吐いた。

溜め息を吐きたいのはこっちの方だ。

「嵯峨政宗って名前、聞き覚えない?」

嵯峨政宗…。

繰り返しその名を反芻すると、記憶の奥底から何かが蘇ってきた。

けど、ぼんやりとした輪郭のままで、正体までは分からなかった。

何だっけ…?

思い出せそうで、なかなか思い出せない。

うーんと考え込んでいると、両手が解放された。

「昔はあれだけ俺に好きって言っていたのにな」

どう見ても俺と同じ男なのに、その人は遠い過去を懐かしむ様にそう言った。

好き…?

…まてよ。

そういえば、昔一度だけ誰かを本気で好きになった事があった。

ストーカーまでして、俺にとっては憧れの存在だった人。

その人の名は…

「嵯峨、先輩…」

思わず呟くと

「やっと思い出したか」

その人…嵯峨先輩は、やれやれといった様子で肩をすくめた。

髪型やまとっている空気は違うけど、あの頃より強い光を宿した瞳は確かに嵯峨先輩のものだった。

「嵯峨先輩は…」

「俺、両親が離婚して名字変わったから。今は高野」

「…高野さんは、今更俺のところに何しに来たんですか?」

「は?」

「俺と付き合っていたのだって、どうせ遊びだったくせに」

「…どういう事だ」

高野さんの表情が、一転して険しいものになる。

「高野さん、昔俺の事好きかって聞いたら鼻で笑ったじゃないですか」

「はぁ?そんなの知らねぇよ」

悪びれもなくそう言う姿に、ついイラッときた。

「俺は、あんたのせいでどれだけ傷ついたのかと…!」

「俺に回し蹴りして消えたのは、お前の方だろ」

「え?回し蹴りって何ですか?」

「…お前、全く覚えていなかったんだな」

どうやらお互いに認識の違いがあったみたいで、話をしている内に10年前の別れは俺のただの勘違いで起きたという事が分かった。

「くだらねぇ…」

「な、あんたのその態度のせいで俺は…!」

「お前、かなり性格曲がったよな」

「おかげさまで」

高野さんも、大分雰囲気が変わった。

俺と別れた後、高野さんはどこでどう過ごしていたんだろう。

べ、別に気になったりなんかしていないけど。

「なぁ、お前まだ俺の事好き?」

「いいえ。俺はもう高野さんの事なんか好きじゃありません」

俺は、あの頃から恋愛をしていない。

誰かを好きになる事によってどれだけ自分の身を滅ぼすのか、十分すぎる程思い知ったから。

「俺は、ずっとお前が忘れられなかった。お前だけが好きだった」

それは、あの時ほしかった言葉。

そんな事言われても、俺はもう…。

そう思うのに、言われた瞬間心臓がドキッと跳ねた。

「高野さんは…高校生だった時も、俺の事が好きだったんですか?」

「あぁ」

優しげな眼差しに、胸の高鳴りが止まらない。

「あ、あの…」

「今はこれだけで許してやる」

高野さんは俺の前髪をそっとかきあげ、額にキスをした。

「っ…!」

「もう一度、俺を好きにさせるから」

また来る。

高野さんはそう言い残し、駐車場の方へ戻っていった。

一方、俺はずるずるとその場にへたり込んでしまった。

馬鹿じゃないか。

もう終わったはずの恋なのに、こんなにドキドキするなんて…。

店長に呼ばれるまで、俺は一歩も動けなかった。

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