短編

□ずっと一緒
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想いはとうの昔に捨てたはずなのに、

今になっても浮かぶのは、貴方の事ばかり―・・・

・・・・・・・・・*

木枯らしが吹き荒れる12月、俺はとても不本意な事に、高野さんと2人で、都内にある洋菓子店を訪れていた。

俺の隣で、色とりどりの菓子類をまるで品定めでもしているかの様にじっくりと眺めている高野さんを、キッと睨む。

・・・本当だったら、俺は木佐さんとここへ来るはずだったからだ。

・・・・・・・・・*

校了明けの金曜日、俺は木佐さんにある相談事をしていた。

「あの、木佐さん。ちょっといいですか?」

「どしたの、律っちゃん」

「俺、いつもお世話になっている作家さんに贈り物をしたいんですけれど、何がいいと思いますか」

「あぁ、今年ももう暮れだもんね。その作家、何が好きか知ってる?」

「はい。この前原稿を取りに行った時、甘いお菓子が好きって言っていました」

「甘いお菓子か〜。あ、じゃあさ、ここのお店とかどう?」

そう言って、木佐さんはパソコンの画面で開いたままになっていたファイルを一旦閉じ、ネットでとある洋菓子店を検索して、俺にその画面を見せてくれた。

画面上にはそのお店の名前と写真があって、コメント欄には

『店自体はこぢんまりとしているものの雰囲気が落ち着いていて、隠れた名店として、若いカップルや家族連れなどに人気のあるお店です』

と、書かれてあった。

「あ、ここ良いですね。土日や祝日・祭日も営業しているみたいですし。場所どこですか?」

「ん〜、丸川書店の近くだよ。徒歩で大体10分位かな。俺もこの店、よく行っているし」

雪名と。

そう木佐さんがこっそり言った気がしたけれど、多分、俺の気のせいだろう。

「へぇ、そうなんですか。じゃあ、ここにしようかな」

「・・・あのさ律っちゃん。もし良かったら、俺も一緒に行ってもいい?」

「え?」

「俺もここでちょっと買いたい物があるからさ。今度の休み、できたら2人で一緒に行かない?」

「それ、いいですね。そうしましょう!えーっと、時間は・・・」

「駄目だ」

「は?」

急に、背後から高野さんの声が聞こえてきた。

てか、さっきまでこの人会議じゃなかったのか。

もう終わったのかよ。

「小野寺はその日、俺と出掛けるから」

「はぁ!?」

「俺もその店知ってるし。ちょうどいい、俺もそこで買いたい物がある」

「ちょ、ちょっと待ってください!俺、そんなの一言も・・・。それに、木佐さんだって買いたい物が・・・」

「そっか。それだったら仕方ないな。俺のは別に、今すぐ買いたいわけでもないし。2人で楽しんでくれば?」

「え、木佐さん・・・」

「悪いな、木佐」

そう言うと、高野さんはすたすたと自分のデスクに戻り、自分の仕事を再開し出した。

てか、俺そんな約束、高野さんとした覚えないんだけれど・・・。

高野さんの方をちらりと見ると、高野さんもこちらの視線に気付いたのか、ニヤリとした笑みを浮かべてきた。

何なんだよ、この人・・・!

しかも、今朝になって俺が「高野さんも、作家さんに何か買うつもりなんですか?」って聞いたら、「は?そんなの嘘に決まってんだろ」と、平然とした顔で言ってくるし・・・。

じゃあ、何で俺と一緒に行くとか言い出しんだ!

・・・理由なら、何となく分かる気がする。

でも、そんなの絶対に認めたくない。

「はぁ・・・」

俺の口からは、溜め息しか出てこなかった。

・・・・・・・・・*

そんな感じに俺が内心で高野さんに悪態を吐いていると、不意に、高野さんが俺に声を掛けてきた。

「小野寺」

「は、はい。何ですか?」

突然の事だったので、少しだけ、声がうわずってしまった。

・・・ヤバい。

作家さんへの贈り物、全然考えてなかった。

そんな俺の様子に気が付いたのか、高野さんが呆れたような顔をして言った。

「お前なぁ・・・。このショートケーキとか、どう思う?」

「ショートケーキ・・・ですか?」

高野さんが指を差した方に、目を向ける。

そこには、ホールではなく小さくカットされた可愛らしいショートケーキが、いくつも置かれていた。

どうやら人気商品のようで、ケーキのすぐ側には、「当店人気No.1商品」と書かれたプレートが、店の天井にある蛍光灯の光に反射して、キラリと光っていた。

値段も、お手頃価格のようだった。

・・・それに、ショートケーキといういかにも少女漫画にありそうな王道さも何だか高野さんらしく思えて、どこかおかしかった。

「・・・そうですね。これにしましょうか」

「よし、決まりだな。それじゃ、お会計は俺が済ませるからお前は店の外で待ってろ」

「え、いいですよ!ケーキの代金ぐらい、自分で払えますって!!」

俺は、店内にいるにも関わらず、必死になって叫んだ。

すると高野さんは、

「いいから」

デートの時くらい、俺に奢らせて。

そう耳元で甘く囁くものだから、俺は、

「・・・分かりました」

と、赤く火照った顔を隠しきれないまま、渋々店のドアの方へ足を向けるしかなかった。

・・・・・・・・・*

それから数分後、高野さんが店から出てきた。

・・・何故か、ケーキの箱が大小2つも入った紙袋を提げて。

「あの、高野さん。何でケーキの箱が2つもあるんですか?」

やはり、高野さんも作家さんに何か買っていったのだろうか。

「あぁ、これか。こっちの大きいのが俺とお前の分のケーキ。で、もう片方の小さいのが作家の分のケーキだ」

「え、わざわざ俺の分まで買ってきたんですか!?」

「当たり前だろ。俺はお前と一緒に、ケーキを食べたかったしな」

・・・もしその時の高野さんの顔を見ていなかったら、俺はいつもみたいに、高野さんに向かって「馬鹿じゃないですか!?」と、思いっきり罵声を浴びせるつもりだったのに、その時の高野さんの笑顔は、仕事の時とは違って本当に優しい微笑みだったから、俺はそっぽを向きつつ、

「・・・ありがとうございます」

と、お礼の言葉を言った。高野さんは、

「どーいたしまして」

と言いながら、俺の髪の毛をくしゃりと撫でて、また嬉しそうに笑っていたから、何だか俺は無性に恥ずかしくなって、火照ったままの顔を俯かせた。

・・・・・・・・・*

その後、俺達は近くのカフェでサンドイッチと、さっき高野さんに買ってもらったケーキで軽い昼食を済ませ、そのままの足でブックスまりもへ寄り、角先生の新刊を買った。

高野さんが自分用と俺用に買ったのは、作家さんに買ったものと同じ、ショートケーキだった。

「この人、どんだけショートケーキが好きなんだよ!」とは思ってしまったけれど、折角買ってもらったのにそんな事を言うのも何だか失礼かと思い、何も言わず黙々と食べる事にした。

・・・確かに、ショートケーキは純粋に美味しかった。

だけど、目の前にいる高野さんの事がどうしても気になってしまって、目線はうろうろと泳いでいた。

・・・・・・・・・*

外へ出ようとした時、俺は雑誌コーナーの所でパンダの雑誌を立ち読みしている木佐さんを見かけた。

・・・なぜか、その雑誌は上下逆さまにして読まれていたけれど。

俺は足を止め、木佐さんに声を掛けようとした。

が、

「小野寺、遅い」

と、前を歩いていた高野さんが俺の腕をグイッと引っ張ってきたので、それは叶わなかった。

自動ドアが閉まる直前に、何だか木佐さんがホストみたいな美形の青年をちらちらと盗み見しているのが分かった。

知り合い・・・なのだろうか。

「明日にでも聞いてみようかな」と、高野さんに引き擦られながら、俺は呑気にそんな事を考えていた。

・・・・・・・・・*

帰り道、高野さんは終始無言だった。

表情を窺おうにも、既に辺りは一面真っ暗で、高野さんの顔はほとんど見えなかった。

・・・何か、あったのだろうか。

そう思ったが高野さんに聞くわけにもいかず、俺は黙って高野さんに引き擦られていくしかなかった。

高野さんの部屋の前に来ても高野さんは俺の腕を離そうとはせず、結局、俺はそのまま高野さんの部屋にお邪魔する事になってしまった。

今は、リビングに座って2人でコーヒーを飲んでいる。

・・・自分で言ってて悲しくなるけれど、高野さんの部屋はいつも綺麗で、俺とは大違いだと思う。

「夕食」

「え?」

部屋に入ってからもずっと黙りっぱなしだった高野さんが、しばらくしてから俺に声を掛けてきた。

「夕食、何がいい?」

「・・あーえっと、そこまでしていただかなくても結構です。何だか長居してしまってすいません。俺、もう帰りますね。失礼しました。」

そう言って俺は立ち上がろうとした。

その瞬間、

「行くな」

突然、後ろから抱き締められた。

「もう少しだけ・・・もう少しだけでいいから、このままでいさせて・・・・・・」

そう呟いた高野さんの声があまりにも弱々しかった。

・・・やっぱり、何かあったのだろう。

心なしか、身体も震えている気がする。

「・・・高野さん。何かあったんですか?」

恐る恐る聞いてみたけれど返事はなく、代わりに、俺を抱き締める力がより一層強くなった。

「今は・・・聞けそうな状態ではないな」と思い、取り敢えず、高野さんが落ち着くのを待つ事にした。

・・・・・・・・・*

それから1時間が経って、ようやく高野さんの口がゆっくりと開いた。

「・・・今日、最後書店に寄っただろ。その帰り、お前と外に出ようとした時・・・俺の親父が、新しい家族と一緒にいるのを見かけた。まぁ、親父と言っても血は繋がっていなかったし、それがどうしたって話なんだけど・・・何だかとても幸せそうな様子で、俺の事なんか、本当にどうでも良かったんだなと思って・・・・・・」

「高野さん・・・・・・」

「そう考えると、今まではそんな事、別に平気だと思っていたのに、何だか悲しくなって・・・・・・」

「大丈夫です」

気付いたら俺は、俺を抱き締める高野さんの手を、そっと握っていた。

「俺が、高野さんの傍にずっといますから」

「・・・ずっと?」

「えぇ、ずっとです」

「・・・・・・ふーん」

それってさ、俺への告白?

そう茶化して聞いてきた高野さんの声は、さっきまでのが嘘だったみたいにいつもの横暴編集長の声に戻っていたので、俺は少しだけ安心して、

「・・・知らないですよ」

と、ボソッと言った。

「あっそ。・・・でも」

ありがとう、律。

そう高野さんが嬉しそうに言ったから、俺は何だか居たたまれない気持ちになってしまった。

・・・・・・・・・*

結局、夕食は食べずに俺達はそのまま高野さんのベッドで一緒に寝る事になった。

「・・・あの、高野さん」

「何?」

「何で、俺まで高野さんのベッドで一緒に寝ているのでしょうか」

「え、何?恥ずかしーの?そんなの今更だろ。・・・それに」

ずっと俺と一緒にいてくれるんだろ?

フッとしたり顔で言ってきた。

いや、確かに言ったけれど・・・。

てか、今更って何だ!

今更って!!

この人、自分で言ってて恥ずかしくないのか!?

「・・・もういいか?いい加減寝るぞ」

「あ、はい。・・・おやすみなさい」

「おやすみ」

・・その日の夜は、正直、緊張して全く眠れなかった。

でも、高野さんの穏やかな寝顔を見ていたら、「もう少しだけ、このまま一緒にいてあげてもいいかな」なんて思ってしまったのは・・・高野さんには、絶対に内緒だ。

外では、しんしんと初雪が降っていた。

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