短編

□ある朝の1ページ
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…これは、夢なんだろうか?

いや、むしろそうであってほしい。

「おい、律。起きろ」

「…ぁい、起きてます」

一見ちゃんとしているようで、どこか舌っ足らずなその口調。

そして、まだはっきりと目が覚めていないのか、虚ろな様子で俺を映し出すとろんとした瞳。

起きているってお前…絶対嘘だろ。

「お前、どうかしたのか?」

昨日、いつもの様に嫌がる小野寺を無理矢理部屋に連れ込み、自分の欲望のままにこいつを抱いた。

何だかんだ言って俺を突き放さないこいつに気を良くし、いつも以上に激しくしてしまった自覚はある。

ただ、今の小野寺を見て、正直俺は戸惑っていた。

再会して以来俺はこいつを数え切れないくらい抱いてきたけど、こんなのは初めてだ。

「律、これ何本に見える?」

人差し指をぴっと突き出し、なかなか焦点が定まらない小野寺に聞いてみると

「うーん、2本!」

と、小野寺は嬉しそうに俺にピースをした。

…あぁ、駄目だこいつ。

俺はこっそり溜め息を吐いた。

始めこそ心配していたが、小野寺の様子を見ていたら何となく分かった。

こいつはただ、寝ぼけているだけなのだ、と。

・・・・・・・・・*

朝、目を開けたら隣りに愛しい存在がいて、それに小さな幸せを感じたのも束の間。

その長い睫毛をゆるゆると開けると、開口一番小野寺は

「…あ、たかろさんら」

おはようございます、と普段は絶対に見せないような笑顔をふわっと浮かべて、俺の髪の毛に触ろうとしたのか

「んーっ」

と、その細い腕をこっちに伸ばしてきた。

一方俺は呆然としてしまって、何も言葉を発する事が出来なかった。

有り得ない。

いつもなら、起きた瞬間こいつは真っ赤になるか、暴れ出すかのどちらかなのに。

こいつに酒を飲ました覚えは、俺にはない。

もちろん、変な薬も使っていない。

じゃあ一体何で…と小野寺を観察しながら考え込んでいると、その普段よりも何倍も素直な姿から、そうか、こいつはただ寝ぼけているだけかという結論に至った。

「…たかろさん」

「何?」

「ふふ、呼んでみただけです」

「何だよそれ」

それにしても、この小野寺は本当にたちが悪い。

俺の名前を呼んではさっきの様に照れた表情を見せたり、頬をつんつんとつついては

「わー、たかろさんのほっぺ、やーらかいですねー」

と、楽しそうに笑う。

…くそ、人の気も知らないで。

俺は理性を保つのに精一杯だった。

けど、ここまではまだほんの序章に過ぎなかった。

この後、小野寺は本日最大級の爆弾を落とす。

・・・・・・・・・*

「俺、そろそろ朝食作ってくるから。大人しく待ってろよ」

未だにはっきりと意識が覚醒しない小野寺の相手にいい加減疲れてきた頃、俺は小野寺の頭を一撫でするとベッドから出ようとした。

すると、そっと片手に感じた温もり。

小野寺が、俺の手を握ったのだ。

「あ、あの、たかろさん…」

「どうした?」

聞いても、小野寺はえっと、その、と同じ言葉を繰り返してなかなかその先を言おうとしない。

「…もしかして、どこか具合が悪いのか?」

何だか不安になって顔を近付けると、小野寺はふるふると首を振った。

「いえ、違います。あの…」

俺の手をぎゅっと強く握ると、本人にとっては無意識なのだろう、小野寺は上目遣いをしながらこう言った。

「たかろさん、今日は俺と…ずっと一緒にいてくらさい。ひとりは、寂しい、です」

今にも涙が零れそうな瞳と、うっすらと赤く染まった頬でそんな事を言われたら、もうなけなしの理性など崩れてしまうわけで。

「律…」

とその手を自分の方に引き寄せると、そのまま俺は小野寺を組み敷いた。

・・・・・・・・・*

それから、数時間経った後。

「な…っにしてんですか、あんたは!」

とゴンッと勢いよく頭をたたかれ、俺は最悪な目覚めを迎えた。

「あ、お前起きたんだ」

「起きてたんだ、じゃないですよ!腰が痛すぎて、全然動けないんですけど!」

「…お前、覚えてないの?」

まぁ、多分こいつは覚えていないだろうな。

そう思って聞いてみると

「は…ははは何言っているんですか高野さん。覚えていないって、一体何の事ですか?」

小野寺は明らかにギクシャクとした動きで、ベッドから降りようとした。

さてはこいつ、覚えてるな。

そうにやりと口角を上げると、べしゃっと何とも言い難い音で小野寺が倒れた。

「っ…!」

「ほら、無理すんな。お望み通り、今日は一日中お前を甘やかしてやるから」

まぁ、別に今日だけじゃなくてもいいけど。

そう付け足すと

「ば、馬鹿じゃないですか!」

と意外にも弱々しい鉄拳が、再び俺の頭に振り落とされた。

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