過去拍手文

□No.5『雨上がりの交差点』
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ザアアアァァァ・・・

・・・天気予報では、今日は一日中晴れるって言っていたのに。

No.5『雨上がりの交差点』

帰り際ふと窓の外を眺めたら、空にはどんよりとした雨雲が広がっていた。

これは・・・降りそうだな。

「・・・つか、傘とか持ってきてねぇし」

「どうしました、高野さん」

俺の独り言に、近くにいたトリが反応した。

「いや、雨降りそうだなって」

そう言って、飲んでいた缶コーヒーをコトッとデスクの上に置くと

「あぁ、確かにそうですね」

と、トリもちらりと窓の外に目を向けた。

とはいっても、ここにいても仕方ない。

雨の中を帰るしかないか。

「じゃあ、俺もう上がるわ。お疲れ。無理するなよ」

「大丈夫です。お疲れ様でした」

最後まで残ると言ったトリに労いの言葉を掛け、俺は編集部を後にした。

・・・こんな天気の日には、昔あいつが俺のために傘を持ってきてくれた事を思い出す。

俺は、あいつを傷付けたのに。

それでもあいつは嫌な顔ひとつせず、真っ赤な顔で俺に傘を渡してくれた。

けど・・・俺と小野寺は、今は冷戦状態だ。

原因は、俺の嫉妬。

小野寺が長谷川と飲みに行く約束をしていたのを偶然見かけた俺は、あいつの邪魔をした。

だって、どう考えたってむかつくだろ。

好きなやつが、俺以外の他の誰かと飲みに行くなんて。

それが気に入らなくて、2人の間に割って入ったら

「何するんですか!」

と、小野寺は敵意を剥き出しにした表情で俺を見た。

さっき長谷川と喋っていた時は、満面の笑みで笑っていたのに。

俺が来た途端、これだ。

あぁ、本当に苛々する。

小野寺としばらく口論を交わしていたら

「高野さんには関係ありません!」

小野寺の口から、この台詞が飛び出した。

俺とお前は付き合っているのに・・・関係ないだと?

この一言で自分の我慢に限界がきた俺は

「・・・勝手にしろ」

と、小野寺の顔を一瞥もせずそう吐き捨てた。

そのままポケットに手を突っ込んで、足早にエレベーターへと向かう。

小野寺が後ろで何か言っていた気がしたが、苛立っていた俺にはその声が届く事は無かった。

小野寺がずっとほしかった言葉をくれた今でも、どうしても不安になる。

また、俺から離れてしまうんじゃないか。

また、どこか遠くに行ってしまうんじゃないか。

そんなの有り得ないと、笑えない自分がいる。

・・・小野寺。

俺には、お前がいないと駄目なんだ。

何度も謝ろうとした。

何度も仲直りをしようとした。

けど、そんな時に限ってあいつとすれ違う。

俺が編集部にいる時、あいつは作家のところにいる。

あいつが編集部にいる時、俺は会議に出ている。

顔を合わせる事すら出来なくて、正直・・・苦しかった。

もうこうなったら、直接家に行くしかないか。

会社の入口を出て、さてどうしようかと考えていると

「高野さん!」

後ろから、小野寺が走ってきた。

けど、ささくれ立った気持ちがまだ残っていた俺は

「何か用?大した用事でなかったら明日にしろ」

と、冷たくあしらってしまった。

・・・違う。

こんな事が言いたかったわけじゃないのに。

そんな俺に、小野寺は一瞬傷付いた表情を見せると

「た、高野さんは、歩きですか?」

と、恐る恐る聞いてきた。

「そうだけど」

「けど、傘は・・・」

「忘れた。予報でも言っていなかったし」

「あの・・・だったら、俺の傘使ってください」

「お前はどうすんの?」

「俺は大丈夫です。傘をもうひとつ持ってきているので」

「そうか。けど、俺はいい。傘くらいなくても行けるから」

俺が、そう言って歩き出そうとすると

「た・・・高野さん!」

と、小野寺が俺を引き止めた。

「何?」

俺が不機嫌丸出しの声で振り返ると、ガサッと何かプラスチックの様なものが俺に押し付けられた。

「えっと、あの時はすいませんでした!傘、どうぞ使ってください!それでは!」

小野寺はそう立て続けに言うと、雨の中を走っていった。

・・・あいつ、傘持ってきているんじゃなかったのか?
もしかして・・・。

俺は急いで小野寺の後を追うと、その手を掴んだ。

「だ、誰!?」

小野寺はよほど驚いたのか、俺が掴んだ手をブンブン振り払おうとした。
「俺だ、小野寺」

「え・・・高野、さん?」

小野寺は、俺の顔を見るとカチンと固まった。

「てか、傘!高野さん、濡れますって!」

「お前だって濡れてる。傘がもうひとつあるなんて、本当は嘘だったんだろ?」

俺がぎゅっとその身体を抱き締めると

「・・・はい」

と、小野寺は俯いた。

「それと、あの時は俺もお前に当たったりして悪かった。許してくれるか?」

「もちろんです。元はといえば、あれは俺が悪かったので。・・・あの、高野さん」

「どうした?」

「長谷川さんとの約束、断りましたから」

・・・え?

「何で?」

そう優しく聞くと

「えっと、その・・・」

と小野寺は視線をうろうろとさせた後、意を決したのか

「俺には、大切な人がいますからって・・・」

小さく、けどはっきりと俺に伝えた。

「・・・そっか」

小野寺が勇気を出してそう言ってくれたのが、嬉しくてたまらない。

自分では分からないけど、俺は今、相当緩みきった顔をしているに違いない。

欲をいえば、「大切な人」ではなく、いつか「好きな人」ってちゃんと言ってほしいけど・・・。

まぁ、小野寺がそんな事を言ったら俺も理性が耐えきれるか分からない。

「・・・帰るか」

「そうですね」

2人でくすくすと笑いあい、重なった手を絡める。

自然と繋がれる手が心地良くて、いつまでも手を離したくなくなる。

けど、そんな俺達を知っているのはこの交差点だけ。

・・・あ。

雨が、上がった。

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