長編

□覚醒5
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「兄さん」

「何だ」

「え?なになにー、やっぱりくんかくんか?」

「失礼な」

律先輩は驚愕しているが、そんな訳がない。

私は、首から下げてる指輪を外す。

「持ってて。…行ってきます」

「あぁ、油断せずに行ってこい」

兄さんしか、あの油断は持たせられない。

裏に掘られた、大事な子たちからのメッセージ。

見られては困る。

いつも通りバッグに閉まっても良かったが、兄さんに持っていて欲しかった。

兄さんも、大事な子だから。

ダブルス1の青学勝利で、私に順番が回った。

コートに立つと、ピタリと歓声が止む。

だけど、決して静かではない。

私と女帝の話が、ヒソヒソとされる。

女帝が纏っていたジャージを脱ぎ捨て、コートに立つ。

「貴女に負けた事、感謝するわ。おかげて強くなれた」

「私も感謝しています。あなたと戦えて、強くなれた気がする」

女帝はフンッと鼻で笑い、サーブの為に立った。

歩きながら深呼吸し、コートの空気を肺に入れる。

兄さんを見上げ、笑みを一つ。

女帝に向き合えば、高揚感が抑えきれなくなった。





思わず笑いそうなのをポーカーフェイスを装い、表情を消す。

『ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ、立海弓削、サービスプレー!!』

女帝のサーブ。

私は無我の境地の扉を緩め、右肩だけ解放した。

神速でボールに追い付き、初っぱなに零式ショットを放つ。

女帝の神速舞歩。

無我の境地で止めるらしい。

だが、付け焼き刃だ。

上がったボールをコートラインに叩き込む。

大きく左にスライドする様に、高速で離れるボール。

女帝はまたも追い付いた。

「足を捨てる気ですか」

「あなたも似た様な事やったでしょう」

「そうでしたね」

なら、力一杯叩き込むまで。

無我の境地で真似出来ても、パワーまでは完全に再現出来ない。

ラケットをギュッと握り直す。

神速舞歩を応用して勢いを付けて、突きの体制。

角度を調整し、フレーム真上に当ててやる。

その際、手首を捻り回転を掛けるのも忘れない。

高速の強い打球を女帝が拾うが、ラケットが弾かれた。

早く、終わらせなければ。

無我の境地で神速を使えば、女帝は本当に足が使えなくなるかもしれない。

武術経験者でない彼女が使う危険性。

それを承知の上で使うのには敬服するが、私は彼女をここで潰す気はない。

止めても無駄だと分かっている。

彼女は本気だ。

女帝の玉座と誇りを取り戻すなら、手段を選ばないつもりなのだろう。

「ガットが切れた…」

ラケットを変える女帝。

やはり諦めなど微塵もない。

その精神力に感嘆しつつ、私はまたラケットを構えた。
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