Eternal Friends

□03)初めての一人夜
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 ホグワーツに来て、最初の夜はよく眠れなかった。

 私はこれまで自宅以外じゃ泊まったことがなかったから。
 存外図太い性格だと思っていたのに、闇が怖くて眠れない。
 寒くて、眠れない。

 同室の子を起こさないように部屋を抜けて、談話室へ入った。
 薄い月の光と弱い星の光が冷たく差し込んでいるから、少し明るい。
 ここにも誰もいない。
 眠れないなら、寝ないで月を見ているのもいいだろうと、ソファーに身を沈めた。

「寒い……かも」

 毛布一枚くらい持ってくればよかったかな。
 自分の両肩を抱いて、暖めようとしたけど、上手くいかない。
 こういうときはどうしていたのか、思い出せない。

 目を閉じて、深く息を吸う。
 ――思い出せ。
 どうやって、眠っていた?

 視覚がなくなると、本当の闇に抱かれる。
 夜を生きる者の音だけが、静かに羽を広げている。
 浴衣に焚き染めた家の香りが、意識を遠く運ぶ。

 ここは我が家。
 近くにはご神木の桜があって、私を守ってくれる。

 だから、何も心配しなくていい。
 ゆっくり、おやすみ――。

「誰かいるのかい?」

 背にしている談話室の男子寮側の入口が開く。
 小さく身を震わせて、縮こまる。
 きつく両目を閉じたままで。

  誰も来ないで。
(誰か来て。)
 

  一人にして。
(一緒にいて。)
 

  私を見つけないで。
(私を見つけて。)
 

「一年生?」

『返事をしたら、連れていかれてしまうよ』


 ずっと前の姉の言葉が脳裏を過り、息を止めて、気配を殺す。

 何も起こらない。
 ただ時計の音だけが静かに響く。

 それが長くて短い時間続いた気がする。
 何もないと思って、小さな息を漏らした。

「眠れないのかい、ミオ?」

 月の弱い光が遮られて目を開けると、リーマスがのぞき込んでいた。
 優しい笑顔が姉に重なる。
 彼はゆるく微笑んで、隣に座ってくれる。
 近すぎず、遠すぎず、距離を保って。

「偶然だね。
 僕も眠れないんだ」

 そう言って微笑む姿は儚く消えてしまいそうだったのに、私は何もいえない。
 リーマスと私とどちらが消えるのが早いだろうとぼんやり考えた。

 彼が手に持った杖を軽く振る。
 暖かな光の軌跡が空を描き、部屋がかすかな熱を帯びる。

「でも、こんな寒い部屋に一人でいたら、風邪を引いてしまうよ?」

 最もだけど、私はまだ魔法なんて使えない。
 火のおこし方は知っているけど、暖炉に火をつけたことはないからわからない。

「星が綺麗だね」
「……月も、綺麗だよ」

 かすかに彼の笑顔が曇るのがわかった。
 理由はわからないけど、少しかぐや姫の話を思い出した。
 月を見て憂いる、美しい月の住人。

 じっと見つめている私に気がついて、また元の笑顔で微笑んでくれる。

「そう、だね」

 消えてしまいそうだけど、暖かな眼差しで私を抱きしめる。

 大広間の時とは別人みたいに静かな音楽が彼を満たしているような気がしている。
 きっと、一人できいていてはいけない音を聞いているのだと、思った。
 それが人間であってもなくても、一人で寂しい顔をさせてはいけない。

 でも、私にできることはなにもない。
 私が何も持っていないから。

「ミオ?」

 ご神木と同じように抱きついて、肩に顔を埋める。
 一瞬引き剥されかけたけど、もっと強く抱きついた。
 はっきりと聞こえてくる鼓動に息を止めて、聞き入る。
 生きている者の証しだ。

「寒いの?」

 また小さく頷いた。
 ふわりと温かさが肩にかかる。
 彼は抱きしめることなく、どこからか出した毛布を私の上にかけた。

「こうすれば、少しは温かいよね」

 リーマスの声は、綺麗で寂しい声だと思った。



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