Instrumental
□いつもどおり
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よく晴れた風のない日は、外で読書をするにはとっても最適。
ぺらりとページを繰りながら、穏やかな心地でいられることは、最高の幸せ。
「ミコト!」
離れたところから聞こえてくる声に顔を向けると、黒い人が走ってくる。
ローブを肩に引っ掛けて、少し重そうだ。
「ここ、知ってたんだ?」
汗を拭かずに隣に座って息をつく。
肩で息をしているけど、表情は晴れ晴れとして、夏の陽射しみたいだ。
ここを知っていたのかと言うのは、今いるこの場所が人のなかなか寄りつかない、尚且つ見つかりにくい小さな庭のようになっている場所だからだ。
まず普通にホグワーツにいるだけじゃ見つけられない。
入学当初から他人を避けてきた私が唯一息をつけるのがこういう場所だ。
無言で頷く私に、すげーなと顔を歪めて笑う。
「いつごろ?」
「……1年の始め頃……」
笑い声が急に止む。
「マジで?」
真剣に問われて、ただ頷き返すと目に見えて落胆する。
「俺が一番じゃなかったのかよ〜」
私がとっくに知っていたということが衝撃的だったのか。
「そういや、こないだいた場所も?」
前回もやはり同じようなことがあったけど、彼はいつもどおりフィルチから逃げている最中だったからすぐにいなくなった。
だから、追求もされなかったんだけど。
「もしかして、ミコトのがホグワーツの抜け道知り尽くしてるんじゃねーか?」
それはどうだろう。
悪戯仕掛人以上にホグワーツの道を知り尽くしている人はいないんじゃないだろうか。
私のは、昔のかくれんぼの延長みたいなものだし。
「今日も本読んでんのな。
図書館のヤツか?」
問われて、困って、視線を本に落した。
これがホグワーツの図書館にあるんだとしたら、驚きだ。
かなりの量を読み尽くしたけど、それでもこんな本は見たことがなかった。
大衆娯楽の、恋愛小説なんてものは。
「なんか、リリーが持ってたのに似てんな」
そのとおりです。
この本の持ち主はリリー。
あの一件以来、私はリリーとよく話すようになった。
彼女は気さくで優しく、そして強い。
そのうえ世話好きで、私がシリウスとどう付き合えばいいのかわからないともらしたら、すぐさまこの本を貸してくれた。
シリーズになっていて、たびたび続編を借りうけている。
これが一般論だとすると、どうも私には無理っぽい。
障害が多すぎるのだ。
「貸して」
「あ」
本を取り上げられ、取った当人を見返すとその顔を険しくして、深くため息をついた。
手を顔に当てているので、表情が隠れてしまう。
隙間からのぞく瞳が、本当に、ほんっとうに困ったまま私を見つめる。
「おまえ、こーゆーのやりたい?」
「え?」
バサリと返された本は閉じて私の手に収まる。
「でも、これよりもジェームズたちのがすっげーよな」
名物カップルのリリーとジェームズのことを言っているのだろう。
シリウスと知り合って以来、私もそれを目の当たりにして、流石に苦笑した。
あんなことは私も無理だ。
四六時中、好きとか愛してるとか言い合うだけが表現の方法でもなければ、一緒にくっついてべたべたすることも人それぞれだ。
私やシリウスなんかは、特に人前だとそういうことをできない人種なのだと思う。
クスクス笑っていると、肩に軽い重みが加わって、私は全身を緊張させた。
長い間、他人を遠ざけ続けてきただけに、触れられること自体になかなか慣れない。
同性のリリーに抱きつかれることさえ、緊張してしまうのだ。
シリウスなんかはなおさらだ。
「まだ緊張するのな」
笑う振動が直に伝わってくる。
そうだ、肩を抱かれているというのはそれだけ近くにいるということで、距離が、いつのまにか縮められていることにやっと気がつく。
「は……」
「いうなよ。
俺といるのイヤか?」
ふてくされた声と共に肩が軽くなり、また距離が少し離れると、急に寒くなる。
シリウスといるのは嫌じゃない。
心の中の暗い穴を塞いでくれるので、むしろ居心地が良過ぎて、温かすぎる。
「嫌じゃ、ない」
「じゃ、好き?」
間はついれずに返されて、正直、とまどった。
ジェームズとリリーほどではないけど、ほとんど毎日のように聞いてくるのだ。
決して私が返さないと知っていながら。