Instrumental
□あいらいく
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図書室は本を読む場所である。
「な、その本終った?」
手元で今閉じたばかりの本を指す白く長い指。
「貸して」
私は何も言わずに手渡して、また一冊を手に取り、ページを探して、羊皮紙に書き留める。
今やっているのは天文学のレポートだ。
提出期限までまだ二日は時間もあるが、私は先にやってしまうことにしている。
星の授業はあまり得意というほどでもない。
見ているだけで綺麗なのだから、それでいいじゃないかと思うけど、そうもいかないのが授業というわけである。
今回みたいに羊皮紙2巻も出されると、かなり苦痛だ。
だから、先にやってしまおうという魂胆もある。
視線を感じて顔をあげると、シリウスと目が合った。
灰色の瞳のシリウスは瞳の中に輝きを飼っている。
彼だけのもつ恒星を飼っている。
それは最近少しだけ優しく私を照らしている。
「なに?」
声をかけられて見惚れていたことに気がついて、慌てて視線を下げる。
彼はとかく綺麗という表現が似合う人なのだ。
カッコイイでも良い。
たぶんあの夜に会った人達といる時は可愛いも似合うだろう。
すごく、怒りそうだけど。
下げた視線は自然に彼の羊皮紙に映る。
もう乾かしているだけのソレに。
終っているのにどうして、ここにいるのだろう。
どうみても大人しく本を読んでいるようなタイプに見えないのに。
「ミコト?」
それは、つまり終っていない私に付き合ってくれているということなのだろうか。
その考えはひどく的を射ているような気がする。
彼は悪戯もするし、授業もサボるけど、クィディッチの選手らしいし、学年中じゃ良い成績をとっている。
私は、すべてにおいて、実力を出していないからわからないけど、そう大した成績でもない。
ここには魔法力の強い人がそれこそ星の数以上にいるのだ。
私は一人では輝くことも出来ない、小さな石。
「……なんでも、ありません……」
席を立って、数冊の本を持って本棚へ向かおうとすると、シリウスが本を取り上げた。
「届かないだろ」
そういえば、ほとんど取ってもらったのだ。
「重いしな」
ミコトの腕じゃすぐに疲れるだろうし、と笑う。
どんな顔をしても、どんなことをしても様になるっていうのは、羨ましいと思う。
誰からも好かれるって、どんな感じかな。
慣れたように本を戻してゆくシリウスの横で、私は他に参考になりそうなのはないかと、居並ぶ無言の背表紙を見つめる。
黒に金字で書かれたもの、紺に銀で書かれたもの、深い緑に銀で書かれてあるもの、どれも参考になりそうで、どれがレポートの役に立つかわからない。
しかもここに立つのは本日2度目だ。
考え込んでいる私と本棚の間に一冊の分厚い本が差し出された。
「これ使えよ」
命令形ですか。
彼と話すようになって、何度となく一緒にレポートをやるうちにわかったのだが、彼が紹介してくれる本はどれもその時のレポートにとても役立つものばかりだ。
本に夢中になって、肝心のレポートをやり忘れかけてしまう私にはありがたくもある。
ただ、手に取ろうとすると。
「礼は?」
「……シリウス……」
絶対に名前を呼ばせられる。
私としては、名前を呼ぶだけでも強い力があるとわかっているので、できるだけ呼びたくはないのだが、それでも呼んでほしいという。
そして、決まって。
キスをするのだ。
半ば儀式のようになっているそれにも、私は慣れない。
触れられるだけで、まだ震える。
他人になにをしてしまうかわからない己に恐怖する。
「そうじゃ、ない」
触れる寸前で、間近に声が震える。
いつもと違う。
「……?」
「俺のこと、本当はどう思ってるんだ?」
目を開いたら、真剣なあの星を宿した瞳を見てしまいそうで開けられない。
「ここ、図書室……」
「場所は関係ない。
好きなのか嫌いなのか聞いてるんだ」
静かな憤りがぶつかってきて、肩を本棚に打ちつけられる痛さで、目を開いていた。
とたんに星が、飛びこんでくる。
真剣な星が。
「それ、は……!?」
いつもと同じように続けようとした口を塞がれる。
いつもの触れるだけの優しいものでなく、強引に歯を割って口の中に入りこんでくる。
強く深く、私の感情までも貪られる。