Instrumental
□ちいさきもの
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* * *(シリウス視点)
彼女は歩くことが好きだ。
散歩ともいう。
だがしかし、ただ歩いているだけでも人目を惹くようになったのはつい最近になってからのこと。
本人は俺といるからだと思ってるのだろうけど、実際は違う。
彼女が綺麗で純粋であると気がついた輩が増えたからなのである。
そうでなくても俺には不利な条件が揃いすぎているというのに。
「どうした?」
並んで歩いていた姿が急に方向を変えて、俺から離れていこうとする。
掴み損ねた手には、冷たい風だけが残っていた。
追いかけて、追い掛けて、追い掛けつづけても、俺はまだミコトを捕まえてはいない。
「なんかあったか?」
まっすぐ一定の方向に歩いていく肩を掴む。
一瞬振りかえった瞳に浮かんでいた不安の色で、すぐさま手を離して立ち止まる。
その間だけでも彼女との距離はあっというまに二、三メートルは離れてしまう。
以前より話すようにはなったけれど、それでも俺と彼女の距離は一定だ。
およそ近寄ってくる動物のが彼女に近く、しかも自ら触れてもらえる。
それが少し妬ましい。
雨は降っていないけど、薄灰色の雲が一面に空を覆っていた。
かすかに混じる雨の匂いに俺の不安までも溶け込みそうで、早足で彼女を追う。
だって、かっこわるいだろう?
漆黒の髪がふわりと風を受けて、後方へ流れる。
掴めそうで掴めないソレは透明な空気に溶けていった。
常緑樹の根元に彼女が座ると、草が道を分けるように凪ぐ。
同じ黒のローブなのに、木炭で染めた色みたいだ。
「……シリウス……」
思ったとおりの不安声で呼ばれて、僅かな苦笑を噛み殺しながら近づく。
最近は、いつもこうだ。
それをいやだと思うことはないし、嬉しいと思う気持ちのが強い。
確かにそこに存在を認めて、頼ってくれているということだから。
太陽を背に上から彼女を覗きこむと、ほんの少し身体をずらし、困った瞳で見上げてくる。
――だから、それは反則だって。
「なんだ?」
無言で少し先の何かを指す。
白い羽の生え揃ったばかりの小さな雛だ。
なんていう鳥なのかわからないけど、地面に座りこんだまま、小さな小さな声でその存在を主張している。
一瞬、怯えるように見えたのは気のせいだろうか。
「巣から落ちたのか」
「怪我……してない?」
バサリと精一杯ソレは両手を広げて主張する。
怪我の痕はないから、たぶん巣から落ちただけだろう。
「あぁ」
「………………」
「巣に戻してやれば平気だって」
宥めるように頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でる。
それは上質の絹のようで、さらさらりと音を立てて心地好い。
が、彼女はまだ少し震える。
こんなことさえも、彼女には緊張してしまう要因らしい。
木漏れ日があたって、肌が斑色なのが面白かった。
髪にはそれは綺麗な光の輪ができている。
「抵抗しないのな?」
「……少し、慣れた……」
「……そうか」
顔が赤くなっている気がして、もっと強く撫でる。
ミコトはあんまりしゃべらない代わりに、本当のことしか言わない。
それにこんなことをいうなんて珍しい。
上を見上げても木の葉に邪魔されてどこに巣があるのかはわからなかった。
ただ薄緑と濃い緑の葉の間から、白い雲が見える。
空の色は見えない。
「俺にまかせろ」
目線を合わせて、目でも肯いてやる。
ただそれだけで、ミコトには通じるのだ。
まずローブを脱いだ。
木に登るためである。
ローブでは枝に引っかかってしまう。
それから、ポケットを探って、探って、探って……。
「あれ?」
ハンカチが見つからない。
困って視線を向けるが、さすがにこれは通じないらしい。
「ハンカチないか?」
すぐさま、白と淡いブルーのレースで縁取られたものが渡された。
「……手、で、掴まないの?」
「うん。
人間の匂いがつくと親が餌くれねーんだって」
昔聞いた受け売りだけど、今でもしっかり覚えている知識をさらす。
それだけで、またその瞳が変化する。
誰も気がつかないけど、俺だけが気がつく。
ミコトの変化。
よく変化する、瞳の感情。
ミコトのハンカチで包むように抱き上げると、突っつかれる。
「いてっやめろ、こら!」