Instrumental
□しんぐあそんぐ
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* * *(シリウス視点)
彼女は歌を歌わない。
それは、ホグワーツでも特異なぐらいに強い力を持つからだと聞いている。
発する言葉の全てが強制力を持ち、人間を操ってしまうせいで。
その強すぎる力を恐れ、閉じこもり続けてきたミコトは、とても弱く儚く思える。
人は、その感情をなんと呼ぶのだろうか。
守りたい、という。
気持ちを。
ぴゅぃ〜 ぴ びー
「なんっかちがうな」
その辺に生えている雑草をむしって、口に当てる。
乾いた空気に乾いた草の葉の表面は筋を浮き立たせている。
そのくせ反面滑らかで、端の方は鋭利な刃物だ。
ふとすると、指に赤い筋をつくる。
だが、今はそんなことよりも重要なことがある。
ぴゅ〜ぃ ぴるる〜
「……?」
首を傾げて、もう一枚をとる。
空を消して、近くて遠い記憶を思い起す。
闇と月と星と、ミコトの歌声と。
びゅるる……
「っ!?」
変な葉を取ったらしいことに舌打ちして、また違う葉をむしる。
浮かべるのはたったひとりの姿でいい。
本人がいればベストだけれど、誘っても来るのかがどうかがわからない。
それに、すこしぐらい驚かせてみたいというのは当然の悪戯心ではないだろうか。
以前よりも表情が出るようになったとはいえ、まだ少し固い。
もっと俺の前でぐらい、驚く顔とか、本当の笑顔をしてほしい。
ぴゅぃぴゅぃぴゅるるるるる〜
良さそうな葉がみつかり、今度は音を思い出す。
こんな時でなく、いつ使うんだ俺の記憶力。
ぴゅ〜るる ぴ ぴひょ〜 ぴ〜ぴゅ〜る……
なんか違う。
最後といった日から、たしかに俺は一度も彼女の歌声はきいていない。
もともと警戒心が強いのに、どうやら、殊更に人の気配に敏感になったらしく、歌い声は聞こえて来ないのだ。
声に出していない音は相変らず聞こえるけれど、現実に歌っていることはないらしい。
歌うぐらい別に気にしなくても……とか、ふつうのやつになら言える。
だけど、ミコトの場合は言葉がそのまま人間を操ってしまうということに繋がる。
そう本人が言っていた。
下生えを踏みわける音が近づいてくる。
友人なら、声を掛けてくるか、もっと気配を殺してくるだろう。
告白するつもりなら、もっとわかりやすく、気づいてもらおうと近づいてくる。
その場合は別の甘ったるい気配が共にある。
だが、この空気に溶けて消えそうな感じは、たった一人しか知らない。
「ミコト?」
一緒にいるようになってから、感覚がさらに鋭くなった気がする。
でなくても、アニメーガスで犬になるようになってから、感覚はさらに鋭くなっている。
問いかけながら、視線だけ向けると困ったように彼女は微笑んでいた。
立ちすくんでいるけれど、決して怖がってはいない。
「座れよ」
放っておいた左手を上下に動かして、地面を叩く。
気配は動かなくて、がさっと動かない位置で座る姿が見えた。
これが、今の距離なのだろうか。
他の女なら喜んで擦り寄ってくるところだけど、そんな控え目さはミコトの長所であり、短所でもある。
ぴぃ〜ぴゅるる〜 ひゅ……
「その曲、なんて名前?」
小さく問いかけられた声に気がつかないフリをして続ける。
こころなしか、声色が楽しそうだったから。
あわよくば、歌ってくれないかなと打算もしていたが。
わざと尋ねて来たことには気がついている。
俺はこの曲をミコトの口からしか聞いたことはないのだ。
彼女は大人しく曲が終るのを待っているようだった。
わずかな風に軽く舞う幾筋かの黒髪は、そのまま飛ばされてしまいそうだが、ほの温かさも感じる。
「……歌ってくれねーの?」
「え?」
終ってから聞いてみると、思った通り俯いてしまった。
ただそれは、哀しそうにというよりは、肌を赤く染めてしまうという、どちらかというと好ましいものではある。
「なんて曲かはしらねーよ。
あの時、ミコトが歌ったんだろ」
寝転がると、ミコトの顔がよく見える。
「そう、だった?」
「そうだった」
忘れたとはいわせないし、忘れさせない。
「今、歌ってよ」
「……ど、して?」
「聞きたいから」
困っている表情にいつもなら焦るのだけれど、今日は違う。
「安心しろ。
ここに他のヤツはこれないって、知ってるだろ?」