Tea Party
□スィートなお茶会
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彼女に家族はいない。
死んではいないけど、海の向こうのずっと遠い異国に住んでいる。
東の向こうの黄金の国といわれたこともある、小さな島国だ。
ここイギリスとは、少し似ているかもしれない。
気候が合うせいか、何年もチカは住んでいる。
「先生ー!
いらっしゃいますかー?」
住所は地図に名前も記されない小さな村だ。
秋には小麦の畑が一面に広がり、収穫祭で村が賑う。
近くの森は獣達が住み、妖精や伝説上のユニコーンやドラゴンでもいそうな雰囲気を持つ。
でもそれは夜のことで、昼間は明るい陽光を落として、道々を照らしてくれる。
木漏れ日街道――と、勝手にチカは呼んでいる。
その道の先に、一人の青年が住んでいる。
鳶色のボサボサ髪のぼんやりとした風貌の男だ。
村を普通に歩いていてもなんの違和感もないのに、彼――リーマス・ルーピンはあえて人の近寄らないこの森の奥に住んでいる。
どうして「先生」と呼ぶかといえば、別に勉強を教えてもらったことがあるとか、そういうわけは全然なくて、単なるあだ名だ。
チカが勝手に呼んでいるだけなのである。
雰囲気がそんな感じだと言う理由で。
「先生ってば!
いないんなら、ケーキ持って帰っちゃうよ!?」
反応がないので、持っていた籠に掛けていた布を持ち上げて、中の甘い匂いを嗅ぐ。
我ながら上出来な林檎のパイケーキだ。
一緒に持ってきた隣村の友人んとこで作ってる赤ワインを傾けながら食べると美味しいんだ。
これがっ
「(いないのかなー?)」
普段なら、この手で寝ていても起きてくる人である。
それでも家の中が静まり返ったままで、挙句、動き出す気配もないというのは。
少々どころかかなり気になる。
第一、このケーキ。
ここに住んでいる人の為に作ったもんであって、他の人間じゃまず食べられない甘さをしている。
「しっつれーしまーす!」
がつんと扉を叩いたが、痛いだけで微動だにしない。
見た目はただのボロ屋なのに、頑丈である。
「せんせーってばー!!
もーホントに帰るよ!?」
玄関から正攻法で押しかけても拉致があかない。
ぐるりと回って、窓を探した。
1階建てなので、どこかに見つかるだろう。
いつも通されるリビングはいつもどおりに乱雑で、難解な文字が印字されている本が積みあがり、家中のいたるところにわけのわからない見たことのない道具が落ちている。
反時計回りでそのまま隣へ移るが、そこは小さめの窓で、見えるのは食器とか料理器具からキッチンだとわかる。
影になりかけた東側には大きな出窓で、そこでようやく白いものが見える。
あの影からするとシーツだろうか。
それも誰か眠っている。
この家の住人といえば、一人しかいないのだから、彼しかいない。
「ぅっふっふっお昼寝中ですか〜襲われちゃいますよ〜?」
間違いではない。
襲うのではなく、ぼんやりしているうちに襲われてしまいそうな気がするのだ。
ここの住人は。
なんだかひどく頼りないのに、たまに強かったりする。
そう、笑顔で値切り倒すとか。
かすかに見えた髪の色で、チカは立ち止まった。
見慣れてきた鳶色じゃない。
自分と同じ……黒い色……。
「(う、浮気現場……?)」
結婚しているというわけじゃないのだから、浮気もなにもあったもんじゃないし、リーマスもイイ年だ。
恋人がいてもおかしくない。
ここで普通なら踵を返すのだが、いかんせん、チカは好奇心で人生を生きてきているような人物である。
また一歩、その窓近くへまわった。
枕から零れているのは、長い、黒髪。
光というか、艶が足りない。
それに手入れもされていないし、これは。
「チカ?」
「ぅひゃぅ!!」
突然肩に手を掛けられて、変な声が飛び出した。
これはもう不可抗力である。
振り返った反動で倒れそうになったところを腕を捕まれて、もう片方の空いた手で体を引き寄せられた。
引き寄せられた体からは、強くチョコレートの匂いがする。
蟻が登ってくるから、やめなさいって言ってるのに。
また服に隠し持っているのだろうか。
「こんなところで、なにしてるんだい?」
「先生、な、何って!」