Tea Party

□ノスタルジィなお茶会
1ページ/8ページ

ドリーム設定





 いつもの道を少しゆっくりと歩く。
 行き先は森の奥に住むリーマス・ルーピンという男の家だ。
 いつもだったら足早に進む道を、どうにかゆっくりと進む。
 それでも着いてしまう。
 今にも崩れそうな古い木の小屋。
 あまり人の近寄らない家。
 住人は世界一美味しい紅茶を入れる男で、穏和で無害。
 と思っていた。
 過去形である。
 先週遊びに来た時に、実は襲われかけ……ではなく、告白をされたような気がする。
 気がすると言うのは、からかわれただけのような気もするからだ。
 家に帰ってから考えれば考えるほどわからない。
 かといって、誰かに相談して笑われるのも気恥ずかしい。
 そんなわけで、とりあえず、からかわれたのだろうと納得して、今週もまた来たのだ。

「やぁ、今日は何のケーキ?」
「林檎のタルトと」

 戸口で待ち構えていてくれた鳶色の髪の男に、いつもより大きめの籠を渡す。
 あの時のことをどうしてか思い出してしまって、直視できず、慌ててくるりと背を向けた。

「サンドイッチ二人分とロゼです」

 不思議そうな顔をしているのだろう。
 籠を覆うようにかけておいた布を避けてみているかもしれない。

「今日は外でお茶にしましょう?」

 家の中が散らかっているから、というのもあるが、ここの住人はどうも血色が悪くていけない。
 それに、見上げる空は南の海の青さを閉じ込めてあるみたいな透明なブルースカイ。
 こんな日に家の中に閉じこもっているなんてもったいない。

 決して、先週のアレを警戒しているわけじゃないです。

「ケーキが残ってるから襲わない」というのは冗談でしょうし。

「チカ、もうお昼の時間は過ぎてるよ?」
「先生どーせまた食べてないんでしょー?」

 長年考えて来た結果から、私はリーマスはまともに食事をしていないから太らないのだと考えた。
 でなければ、あそこまでの甘い物好きというのが納得できない。
 したくない。

 振り向いて、上も見上げずにその脇をすり抜けて、扉をノックする。

「それから、そこにいる同居人の方も一緒にいかが?」

 家に近づいた時、かすかに家の中が揺れた。
 遠くから戸を背にして蹴りつけるリーマスも見た。

 絶対に一人はいるでしょ。

「だから僕は一人暮しだって」
「先生と住んでんじゃーろくなもん食べてないんでしょー。
 おいしーワイン付きでチキン付きよー!」
「いや、だから、チカ」

 肩を捕まれて、無理やり振り向かせられ、慌てて視線を逸らす。
 だめだ。
 直視したら負けそうなんだもん。この人。
 視界に入るのはさっき見上げた青空で、白くて大きな雲がゆったりと流れ、サワヤカに見えていた景色が今はひどく憎たらしい。

 それに、この状況はいやがおうにも先週を頭の中でリピートさせる。
 思い出すだけで、うぅ……やっぱり負けそうだ。
 このリーマスの首の角度だとか、近い息の距離だとか、香ってくるチョコレート臭だとか。
 ――また持ってんかい、この人は。

「チカ?
 どうして僕を見ないの?」

 つっこまれたー!
 一生気がつかないで欲しかったなー。

「顔、赤いよ?」
「うそ!?」

 慌てて頬にやった手の上を影が通る。
 またも打ちつけられた可愛そうな扉さん。
 動けないものに助けは求められない。

「もしかして、チカ……」

 それ以上なにか言われる前に、一気にそこら中の空気をかき集めて、腹に力をこめた。



誰でも気にしないですから、同居人の方助けてください―――――!!!


 リーマスが目をむき、草を急に踏みわける音がその向こうに立った。

「何してんだ、リーマ……ス!?」

 小さく、ノドモトであげそうになる悲鳴を飲み込む。
 怖かったのは、出て来た長い黒髪の男よりも、目の前のリーマスの笑顔だった。
 
 20数年生きてきて、あんだけ怖い笑顔は見たことがあっただろうか。
 反語使ってもないって、本当に。

 本気で、殺されそうな笑顔だった。

「シリウス、君、追われてる自覚はある?」

 たっぷりの余裕を持ってそれが発せられるまで、その人は可哀相に動けなくなっていた。
 その場で、飛び出してきた時のポーズそのままで。

 そんで、結局。
 いつもどおりに散らかりまくった部屋で今日もお茶会をすることに。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ