Tea Party
□ファギーなお茶会
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* * *(リーマス視点)
「まだ歩くのかい?」
「なーに?
先生、もう疲れちゃったのー?」
「い……」
否定を返そうとしたところを、友人の快活な声が遮る。
「こいつは普段からこんなところには歩いてこねえからだろ。
運動不足だ、単なる」
久々に昼の陽光の下で見る彼の姿は、まだ細く骨ばかりであったけれど、確かに生気が戻りつつある。
それもこれも毎週、チカが食事を届けてくれるようになったからだ。
「ええっ?
毎日甘いもの食べて、その上運動不足なんて言ったら、成人病の道まっしぐらですよっ」
一番先頭に立って歩く姿の背に黒い髪が踊る。
日に溶けて髪に光の波が生まれる。
白く、しかし濃く黒い光を照り返す。
今日の天気みたいな陽気な彼女は、小さく異国の歌を口ずさみながら歩いてゆく。
魔法界にもいない素敵な生物のようで、見ているだけで僕も嬉しくなる。
彼女のように歌を口ずさむほどの余裕はないけれど。
「シリウスこそ家から一歩も出られないんだから、太るよ」
「俺はお前のいない間にちゃんと運動してるよ」
平然と言い返す黒髪の友人は力強く地面を踏みしめて、僕の一歩先を歩く。
先にチカを追いかける。
「裏切り者」
「な……っ!?」
動揺する彼を追い越して、どんどん先へ進んでゆくチカを追いかける。
僕等よりも小さな身体なのに、歩く速度は早い。
姿が遠くならないうちにと伸ばした手は、肩先に触れる寸前で空を切る。
「遊んでると、置いてっちゃいますよ?」
顔だけ振りかえった表情は楽しそうに笑っていた。
誰かに通じるものがある、見覚えのあるそれに一瞬足を止める。
「どうした、リーマス?」
「え、あ……、いや。
なんでもないよ」
少し気遣わしげな友人が追い越していくのを、僕も追いかける。
このままだと本当に置いていかれそうだ。
「チカ、少しペース落とせよ。
こいつは……」
「シリウス」
なにか言いかける彼の言葉を遮る。
シリウスはただ、不満そうに僕を見て、また歩いてゆく。
「まだ本調子じゃないんだろう?」
満月は一昨日の夜に明けたばかりだった。
セブルスの薬が効いていない訳じゃないが、まだ口の中にはあの苦さと満月の息苦しさが残る。
いや、満月のせいではない。
あの丸いもののせいではなく、僕は満月の思い出に揺らぎ、苛まれる。
「大丈夫だよ」
彼を追い越し、チカを追いかける。
その背が小さな姿を見失わないように。
濃い緑の海は途切れることが無く、時折前を横切る魚……否、狐や猫、野鼠が一心に駆けてゆく。
不自然に、焦った様子に見えるのは気のせいか。
「ふたりともおっそーい!
もーいいです。
やっぱり私がケーキと紅茶セット持ちますよっ」
「え、あ、チカ?」
ずっと先に行っていたハズの姿が、いつのまにか隣に立っている。
ふわりと風に攫われる髪が、空に住まうイキモノと同じく揺れる。
その一瞬が、羽根を広げているように見えてしまった。
「先生、やっぱり具合悪いんですか?」
「そんなことはないよ」
ひらひらと目の前に翳される手に苦笑する。
小さく、細く、しなやかな手は僕よりもずっとしなやかで、働くものに共通するように色濃く日焼けている。
骨ばって、無駄に大きく、日焼けてもいない僕やシリウスと比べると、チカはとても健康的だ。
「じゃなきゃ病気ですよ。
たかだか40分やそこら歩いたぐらいで、なんでそこまで汗だくですか」
「いや、普通は40分も歩けば……」
僕の手元のバスケットを奪い取って、彼女は先を歩く。
どこにそんなにパワーがあるのか、やはり歩くペースは変わらず速い。
「シリウスは外に出ないから仕方無いにしても、先生は毎日どこかしら出掛けてるんでしょう?
なんでそんっなに体力ないんですかねー?」
「出ないんじゃなく、出れねーって……」
「だから、姿あらわしでちょっと遠くに行ってるっていってるでしょ」
ふっとバスケットから香る甘い甘いケーキの匂いが、鼻孔を通りすぎる。
そして、なおも縮まらない彼女との距離はお預けをくらっているようで。
「……チカ」
僕が声をかけるより先に、いくぶん疲れたシリウスの声が彼女を呼んだ。
「いいかげん信じろ、おまえ」