one‐shot

□Green Gerden
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 目を閉じていると、風と空と木葉の囁きが聞こえる。
 春のホグワーツは穏やかな空気に包まれて、まどろみが波のように寄せて返す。

 記憶が甘い匂いを運んでくる。

「なにやってんだ?」

 問いかけとも独白ともとれる言葉だったから、そのままにしておいた。
 芝を踏む足音がすぐ近くに来て止まる。

「なにやってんだ、リサ」

 別の甘さが空気に混じる。
 これは、甘い甘いショートケーキの香り。

「行儀わる」

 目を開くと、友人シリウス・ブラックがケーキを片手に見下ろしている。
 立ってはいなくて、隣に胡座をかいて座っている。

 透き通る青空に、真っ黒で細い髪が流れて映える。
 すっきりとした目鼻立ちで体格も良い、なかなかの美丈夫。
 端整な顔が大口を開けて、ケーキに齧り付く。

「行儀わる」
「うるせ」

 もう一度呟いて目を閉じると、あたりがまた穏やかさに包まれる。
 甘い甘いケーキの匂いと甘い甘い誰かの空気と。

「おまえこそ何寝てんだ?」

 甘さと穏やかさが、ここにはないものを呼び起こす。
 尖ってチクチクする芝生が柔らかくなり、シルクの肌触りを運ぶ。
 仄かな甘さが桃色の絨毯を運んでくる。

「こうしてると、思い出すの」
「何を」

 そこまで話して気がつく。
 シリウスはきっと桜を知らない。
 知らないなら言ってもわからない。

「日本の花」
「どんなの?」
「木に咲いてるの」
「ふ〜ん」

 ほらね。
 興味の無さそうな返事しか返ってこない。

「リサは帰りたいのか?」
「いや、全然」

 ホグワーツは9月から始まって、帰省するのは冬のクリスマスと夏の間だけ。
 その間、桜が見れないことを除けば、私はここが好きだ。
 いくらでも魔法の勉強が出来るし、いくらでも好きなことは出来るし。
 何でも話せる友人達と遊んでいられる。

「今、リサの周りはどんなんなってんの?」

 面白そうだと思っているのが言葉の響きでわかる。
 なんといえば、わかるだろう。

「秋の」
「今、春だろ」
「うるさい、黙って聞いて。
 秋の落ち葉が積もってる感じ、わかる?」
「あーあれな。
 掃除がめんどくて」
「それを全部薄いピンクの花びらに変えた感じ」

 茶化す言葉が途切れた。
 わかるかな、こんなんで。
 薄紅色の雪に埋もれて、春を感じるあの瞬間。

「お前、白雪姫?」
「へ?」

 おもいっきりのため息の後、唇に軽い重力。
 押し当てられた先から甘いケーキの香りがした。
 見開いた目の先で、愉快そうにシリウスが笑っている。
 どうしてか、その笑顔が泣きそうに見える。

「し、シリウス……っ」

 飛翔していた意識が現実になってくる。
 今のは、なに。
 今のは、何!?

「目が醒めましたか、お姫サマ?」

 儚げな顔は私の友人のひとりで、私にとって一番甘い存在で。

 桜よりも夏の朝靄によく似ている彼はホグワーツの有名人。

「もっかいいっとくか、リサ?」

 人の悪い笑顔で覆い被さってくる影は、グリフィンドールの首席の親友。

「ま、まって……!?」

 混乱する頭で、押し返そうとした力は簡単に取り押さえられた。



*



 薄紅色の絨毯が消えて、ホグワーツの緩やかな緑の春が戻ってくる。





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