one‐shot
□I believe
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耳に焼きつく甘い低音。
甘いのが苦手なアナタとわかっているのに、私はたまにそれを聞きたくなる。
甘くて切なくなる声、いつも強気なシリウスの弱さを受けとめたい。
「好きだ。
おまえがいてくれれば、何もいらない」
繰り返されるそれは時に触れ合うよりも、強く私を縛り付けるとあなたは知らない。
「うそばっかり」
咎めるよりも優しい声音だけで返す。
目は手元の本を追っていて忙しい。
シリウスが後ろから抱きついてきている時点でその内容は頭に入らなくなっているけれど。
「リサしかいらない」
ため息と共に吐き出される切ない響きが首を撫でるけれど、さすがにいつものことだし慣れたようにみせかけるまでは完璧だ。
みせかけるのは。
完全に慣れることはできないと思う。
日本人は得てして謙虚で恥かしがりで、こんな談話室でスキンシップなんて慣れていないのだ。
いくらテスト明けでほとんど人がいないとはいえ。
「なにかあったの?」
弱音を吐くなんて、シリウスらしくもない。
明日は飛行術もあるし、雨なんて降ってほしくないんだけどな。
ソファーを乗り越えて隣に座ろうとするので、わずかに沈みこんだ身体が傾いて広い肩に収まる。
頭だけ。
「なにかあった?」
髪を避けて首や耳や頬に触れてくる手の冷たさに、勝手に身体が反応する。
条件反射ってヤツだ。
――ちがうか。
「私しかいらないなんて言われても困るわよ。
シリウス・ブラックはとっても欲張りだものね」
ひとりじゃ手に余る、なんていうと、きっと困った顔をしているに違いない。
「おまえな……」
情けないため息混じりの声に振りかえると、やっぱりひどく情けない顔をして私をみつめている瞳に正面からぶつかってしまった。
いつまでも透き通る輝きを忘れない彼の瞳にのまれそうになる自分を抑えて、ただ微笑むだけに留める。
こんなことで流されるくらいなら、そもそもシリウスと付き合ってなどいない。
「違う?」
答えは返って来なくて、深い深いため息だけが彼を取り巻いているようだ。
「信じてくれないのか?」
「何を」
「俺にはリサしかいない。
リサしかいらない」
本当に本当だ。
なんて、まったく。
「ジェームズやリーマスやピーターだって、リリーだって信じてるわよ。
誰もシリウスを疑ってなんか」
「おまえは?」
泣きそうというよりも、虚無が見え隠れする。
どうして私の前だとこんなにこの人は弱いのかしらね。
「信じて……」
「どうして私が疑ってると思うの」
ベシッと額を叩いてやると、あっさり仰け反ってソファーから転がり落ちた。
こんなあっさり転がるなんて、尋常じゃない落ちこみよう。
そんなに、ショックかしらね。
ショックの度合いといえば、私の方が大きいと思うのだけど。
だって、恋人に信じていないと思われているなんて、私の方が信用ないんじゃない。
失礼しちゃうわ。
「どうして私がシリウスを疑うの」
やんわりと言っても、のっそり起きあがってその場に座ったままのシリウスは動かない。
しかたないから、足音小さく近づく。
「だって、お前、噂聞いたんだろ?」
抱きしめようと伸ばした手を引っ込めて、向かいあって座るだけに止める。
噂というのは、私が編入してくる前のシリウスに関するものだ。
かなり派手な女性関係だったらしい。
そう、付き合っていたという女生徒から聞かされたのが数日前。
「それで疑ってたんじゃないのか?
それでここんとこ、俺を避けてたんだろ?」
それからの数日なんて、思い出したくもない。
テスト期間ということもあって、気づかれてないと思ったんだけどね。
心の中が醜く黒く変色していく自分が嫌で、そんな自分をシリウスには見せたくなかったから遭わないようにした。
さりげなく、誤魔化せるように。
リリーには一応、話したけど。
「そうね、否定はしないわ」
最初は今でもまさか、なんて疑ったけど、よく考えると四六時中一緒にいたシリウスにそんな暇はなかったはずだ。
時間があればいつでもどこにいても探しに来てくれて。
最高に優しく過保護な恋人。
疑うなんて、馬鹿らしいと思えた。
「でも、疑うよりも信じる方が楽だわ」