one‐shot
□Rainy Crown
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私が跳ねると、滴も跳ねる。
王冠みたいに広がって、落ちて消える。
そこにも大量の滴が落ちて、いくつも小さな王冠を作ってゆく。
一滴落ちてくるとかじゃない。
シャワーみたいに流れてくる雨の筋の中で、私は遊ぶ。
ローブは雨の降らない廊下に干してある。
もう濡れて重かったから。
下着なんかもとっくに濡れて、もうびしょびしょだけど、どうにも気持ち良かった。
小さい頃もたまにこういう雨の中で遊んでて怒られた事がある。
カッパを着るのがイヤで、迎えにきた母の雷が落ちたそうな。
「なにしてんの、リサ?」
呆れかえったため息混じりの声に振りかえると、シリウスが屋根の下で立ち尽していた。
ローブをしっかりと着込み、あたたかさそうだ。
その手にあるのは、私のローブ。
答えてもわからないだろうから、笑ってそのまま彼に背を向けた。
近くの枝に手を伸ばして、葉っぱをむしりとると、当然ながら他の葉までも露を散らして、少し大きめの粒が顔面にはじけ飛んでくる。
口に入った雨は緑の味がした(たぶん気のせいだ)。
「だから」
「見てわかんない?」
「わかるかっ」
今のは、わからないって、意味だよね?
わかるわけがない。
私だって、これをなんといっていいのかわからない。
懐かしいでもないし、単に気持ちが良いだけだ。
どうしてなんて、聞かないで。
手で器を作ると、すぐに溜まって、そこでも王冠が出来上がる。
一瞬だけ出来る綺麗なレイニークラウン。
「リサ?」
合わせた両手を離して、今度は別な方へ駆ける。
シリウスのいる方へ向かおうと思わないでもないけど、雨の王冠が私を引きとめる。
「風邪ひくぞ」
心配しなくてもいいのにと思うと笑いが零れる。
シリウスとはただの友人である。
魔法薬学でペアになってくれることが多いけど、それは私の成績が下から数える方が早いからで。
本当にただの普通のなんでもない友人なのである。
ただ、彼が人並み以上の容姿と、名のある名家の家柄と、悪名をもっているゆえにやっかまれることも多い。
でも、ただの友達だし。
別に私は気にならない。
そもそもこいつだけは恋愛対象にいれないことにしてる。
いろいろ面倒だし。
「おい、リサ!」
「大丈夫だって」
濡れた髪をかきあげようとすると、すぐに滴ごと吸いついてくる。
髪が長いとこういうときすごく邪魔にもなる。
濡れた髪が貼りついて、ソレを伝って袖口から冷たさが入り込んでくる。
流せ流せ。
このまま私の全部を流してしまえ。
天は雨雲で、降ってくる雨は滝みたいで、全部を消してくれそうな気がした。
「いいから、来い!」
急にものすごい強い力で引っ張られて、雨のない所まで引っ張られた。
怒り気味の様子に苦笑すると、睨まれてしまって。
ぐいぐい引っ張って連れて行かれながら振りかえると、廊下が水浸しになってゆく。
「ねー廊下びしょびしょ」
自分の声が弾んでいるのが可笑しくて、吐き出す息は全部苦笑混じりになる。
引っ張られる腕が痛い。
雨から抜け出すと吹き抜ける風で水が冷えて、急に体温を奪ってゆく。
震えだそうとする腕を堪えて、制服を握り締めていると、肩にローブがかけられた。
私のローブだ。
干しておいてよかったと言いたいところだが、生乾きは服とローブが引き寄せあって、空いた場所に冷たい空気が入り込んで余計に寒い。
「シリウスー寒いんだけど」
「あたりまえだ」
今度はシリウスがローブを脱いで、私を包み込み、肩を抱き寄せる。
滴の行進はまだ点々と廊下を続いている。
「濡れるよ」
奥歯がガチガチと噛み合わないけど、胸の奥の笑いが止まらない。
どうして、シリウスがこんなに怒っているのかもわからない。
黙ってろって言われて黙ってられると思ってるのか。
すれ違う何人かが、私達を怪訝そうにみている。
私と目が合うと、すぐに逸らされる。
ずぶ濡れの女と歩いているシリウスが珍しいのか、それとも私がずぶ濡れなのがオカシイのか。
朝から雨降ってるし、こんな日に外に出てたのは私ぐらいだ。
談話室の前の肖像画にも驚かれたけど、シリウスは合い言葉を行って、さっさと中へ入り込んだ。
笑っている私を、かの貴婦人は不思議そうに見ていた。