one‐shot

□キズアト
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* * *(シリウス視点)
ドリーム設定





 自傷、というのがある。
 自殺とは違うのかと聞くと、リサは全くの別物だと答えた。
 両者の違いは死ぬ気があるかどうか、死を知っているかいないかなのだという。

「別にね、あたしは死にたいわけじゃないのよ」

 手元でひらひらと白刃を操りながら言われても、全然説得力はない。
 剣が揺れるたびに月光が煌いて、少女の白い顔に妖しい光を灯す。
 どこか危険で、どこか消えそうな儚さ、加えて鋭くピンと張られた空気。

 昼間の青白い顔で生気の乏しい姿とは、かけ離れすぎていて、まさに別人。
 それともこれは月が見せる幻想だろうか。

「そんなに長く生きてるわけじゃないし、何かしたわけでもない」

 放り投げられ、リサの手元を離れた短剣は自身を回転させ、弧を描いて戻ってくる。
 鋭い切っ先がその手に牙をむくのに焦って動きかけた俺に対し、冷静にそれを受け止める。
 平べったい刃を細い人差し指と親指でつまんでいるので、怪我はしなかったようだ。

 血を見なかったことに安心したが、次にはそうじゃないだろと自分を叱咤する。
 リサが危険な玩具をもてあそんでいる事実は揺らぎようがないのだから。

「何もしてないのに死ぬなんて、死に対して失礼だわ。
 そう思わない?」

 注意というか、危険なそれを取り上げようと踏み出した一歩を、リサはたったひとつの笑顔で止めさせる。
 そうしなければいけないような奇妙な強制力がそこにあって、俺は動けない。
 シリウス・ブラックともあろうものがなんてざまだと友人に笑われそうだが、今のリサを前にして動けるものなどいたら、それこそ驚きだ。
 手放しで賞賛に値する。
 たとえ昼間であっても俺はリサに対して、思うように動けているわけではないが。

 先とか後とか関係なく、多く好きになってしまっているせいともいえるし、リサの天然の鈍感ゆえでもある。
 もっともそれも含めてのリサの全部を好きになってしまっているのだから、俺もどうしようもないか。

「自殺は勇気じゃない。
 ただ愚かで、弱いだけ。
 ただ誰も追ってこられない場所に逃げるだけの臆病者のすることよ」

 俺が聞いていてもいなくてもかまわないのか、同意も何も求めずに彼女は続ける。
 愉しそうに。
 風が窓に体当たりして、大きく揺らしてしまえば決して聞こえないくらい小さな笑い声を立てながら。

 どこからか入りこんだ風が、リサの闇に融けた細い黒髪の一房を揺らすのを、煩そうに左手で跳ね除ける。
 右手は変わらず危うげない手つきで剣を弄ぶ。
 細い指先は授業中に杖を操るときよりも数段器用に見える。

「かといって、私に勇気があるかといえばそうでもないわよ。
 死ぬのは怖いもの」

 愉しそうに俺に向かって話しながら、リサはずっと遠いところを見ている。
 俺を見ているのにその向こうの誰かを愛しそうに、哀しそうに、しかしその全部を憎々しく。
 複雑な色を灯す様子は昼間は決して見せない部分があり、闇が色を加えてよりいっそう艶やかになる。

 ローブから僅かに覗く肌はただ白く、ただただ滑らかで、ごくりと唾を飲む自分をどこか遠いところでみている俺がいる。
 今はそんな場合じゃないのに。

「ふふふ、後悔してるって顔よ。
 シリウス」
「してねぇよ」

 軽く返したつもりが、耳に届くときには低く唸っていた。
 ということはつまり、そういう風にリサの耳にも届いているということだ。
 クスクス笑いながら、白刃をまた放り投げる。
 煌きが月光を反射して、直接目に届いて眩しいが、閉じた間に彼女が消えてしまうような気がして、そうできない。
 それはある種の怖さと呼ばれるかもしれない。

 恐怖を振り払う意味で、俺は一歩を踏み出した。
 リサはどこか不思議そうに面白そうに眺めている。

「そーゆーわけだから、これは自殺じゃないわ」

 両手を上げるとローブの袖が重力に従って落ち、肉付きのよくない細く白い手首と腕が現れる。
 理由が、現れる。

 彼女が呼び出した第一の理由はわかっていた。
 ただ、少しぐらい期待もしていたのは確かだ。

 はっきりと彼女に対して、告白したことはない。
 がしかし、彼女も少しは俺を好きになってくれているのかと思っていた。
 だから、こんな時間に呼び出されたのかと。
 男なら誰でも思うだろ。
 こんな時間に呼び出すなら、それなりにって。
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