Instrumental

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* * *(シリウス視点)

 彼女は言葉を発さない。
 声を出せないのではなく、声を出さないだけだ。
 そう気がついたのは偶然だった。
 だって、俺は君の声を聞いたから。

「どうして、声に出さないんだ?」

 問いかけに返ってきたのは、羞恥心で真っ赤になっている少女の姿だった。

 場所は午後の陽射し穏やかな禁断の森に一番近い裏庭だ。

……」

 なにか言いかけて、慌てて両手で自分の口を塞ぐ。

「何?」

 一歩進むと一歩下がる。

いつからいたんですか?」

 小さな声だった。

「何?聞こえないんだけど?」
止まってください!

 涼やかな声だ、思っていたとおりの。
 距離を詰めようとした足が止まる。
 重い枷でもまとわりつくような。

あ、い、いえ、いいです。
 取り消します


 その言葉と共に足が軽くなる。

あの、ごめんなさいっ」

 そのまま走り去ってしまいそうな彼女の手を咄嗟に掴む。
 震えが伝わっている。
 何かに怯えている?

「名前、教えろ」
……」
「俺、シリウス・ブラック。
 知ってる?」

 震えが止まって、野兎みたいなきょとんとした目で見つめ返してくる。
 首が横に振られて、少しだけショックを受けた。

「で、お前は?」

 答えない。

「教えてくれなくてもいいけど。
 調べるし」

 ビクリとまた震え出す。

「でも、覚えておいてくれ。
 俺、たぶん、お前のこと好きだ」

 なんでか言っておかなきゃいけないような気がした。
 消えてしまいそうで。

「……たぶんて、なに……」
「いや、もう好きになってるかもな。
 良い声だ」

 白い肌が赤く色づく。

「調べられたくなかったら、名前教えろよ」

 小さな声で、イヤだと返ってくる。

「レイブンクローの……何年?」

 首を横にフラレるばかり、これじゃ、俺が苛めているみたいだ。

……」
「同い年か。
 名前は?」

 観念したように、小さく単語だけで話す。

ミコト……トキワ……」

 ふわりと緊張が消えてゆく。
 代わりに少女が泣きそうな目で見つめ返してくる。

話しました。手……」
「やだ」
え、そ、そんな……」

 離してと目で訴えているようだけど、その奥に見つけてしまった。
 逆の声が聞こえた。
 だから、引き寄せて、抱きしめる。
 腕の中に閉じ込める。
 震えは止まっていない。

ブラック、さん……」
「ミコト、か。
 すっげー、かわいいっ」

 腕の中で彼女は音を立てるように止まった。
 言われなれてないんだな。
 誰も気がついていなかった。
 俺だけがみつけた。

離してくださいっ

 手が勝手に彼女を解放していた。
 柔らかい感触だったんだけどな。

「あ……」

 そして、彼女は泣きそうな顔で走って逃げてしまった。

 姿が見えなくなるまで見送りながら、ニヤニヤと笑いが止まらなかった。
 可愛くて、楽しくて、不可解な女だ。
 なにより。

「この俺から走って逃げられると思ってるんだ」

 伊達に普段から悪戯で逃げまわっていない。



* * *
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