Instrumental
□いつもどおり
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「やっぱ、言ってくれないか」
この力が発現してから、ひとつだけ決めていることがある。
誰にも好きとは言わないってこと。
そういう言葉はなんの力も持たない人でさえ、強い力を宿らせることができるから、私が使ったらとてもつもない効果を出してしまうかもしれない。
それが怖い。
「どうして毎日聞くの?」
「そりゃー……うん。言ってほしいから。
ミコトが俺を好きなのはわかってるけどさ、やっぱり本人の口から聞きたいし」
そっぽを向いた顔はほのかに赤くて、椿の花みたいな赤さかげんがよく似合う。
それは、やはり彼の顔がとても整っているって証拠だろう。
その美しさはやはり彼の強さからきているのだと知っている。
彼は弱いものにはとにかく優しいのだ。
「言わないわよ?」
微笑みを潜ませて返すと、ふてくされてるけど笑っている顔がこちらを向いた。
「でも、俺と同じ気持ちだとは思うんだろ?」
「うん」
「ずるいよ、ミコト」
わかってる。
わかってるけど、わかってるから言えない。
シリウスが立ちあがって伸びをする姿で、そろそろここを離れるのだなと勘付く。
それはとても寂しい気持ち。
心の隙間に風が滑りこんで冷えさせる。
「な。言って欲しい言葉があるんだけど」
「言わない」
身体を強張らせる私の両肩を掴んで、シリウスは顔を正面から覗きこんできた。
逸らせない瞳に息が詰まりそうになる。
同時に、その瞳の奥に褪せることのない最高の輝きを見つけて目を見張る。
「言わなきゃキスする」
「え……」
「言ってもするけど」
「………………」
「名前、呼んでくれ」
要求はいつもたった一言だ。
「……シリウス……?」
予告通り、近づいてくる顔の前で私も瞳を閉じた。
浅いくちづけを何度か繰り返される。
シリウスの唇はいつもかすかに温かく、いつも柔らかく、いつも優しい。
その上で、いつも震えているのだ。
私よりも何倍も勇気があって、優しくて、真摯な彼は。
いつもと同じ優しい時間。
いつもと同じ切ない時間。
でも、気持ちばかりが勝手にふくらんでゆく。
「じゃ、また後でな。ミコト」
目を開くと、もうシリウスの姿はなくて、私は本を開いてページを探した。
こんな本の中みたいなことは望まないけど、さっきみたいな時間はずっと続いてほしいと静かに願う。
この何もいわない、シリウスの心の中みたいな清廉な蒼空に。