Teach the Truth
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* * *(リーマス視点)
満月の夜は狂気が宿る。
そんな夜は脱狼薬の完成を持って、しばしの静寂を保っていた。
ミオのベッドのそばで蹲る、銀の毛並の見事な狼と黒い疲れた毛並の大きな犬。
二匹はただ寄り添って、夜が明けるのを待っている。
「ずっとひとりでこうしてきたのか」
シリウスの問いかけに、狼はかすかに笑う。
「来てくれて助かるよ、パッドフット」
寄り添いあう夜は、いつもよりも月が優しい気がする。
奇跡みたいに綺麗な静寂。
今なら、何が起きても嬉しいだろうなと思う。
信頼できる親友がいて、愛する人が生きている。
たったそれだけでも、僕は幸せなんだ。
見上げる月は憂いを伴うけれど、ミオ、君と見れるよ。
君さえ目が醒めてくれれば、僕は一緒に月を見上げれるようになったんだ。
キラキラ輝く月は、光の粉を振りまいている。
――いつか一緒に満月を見ようね。
そんな途方もない夢も叶うのに、君だけがいないね。
おかしいね。
ぺろりとシリウスが僕の目元を嘗めた。
泣いていたらしい。
優しい親友は今日も犬の姿でそばにいる。
一際強い夜風に目を細める。
急に部屋に温かさが戻るのを二匹で目を見合わせた。
「リーマス」
「ああ、たぶんジェームズだ」
夜風にのって、僕を心配して来てくれたに違いない。
いなくなってなお、心配かけるなんて、僕もダメだね。
生きていてくれるだけでイイ。
そう思っているのは嘘じゃない。
でも、あの頃みたいに笑っていて欲しいって、思うのは欲張りかな。
「何度も後悔したよ。
ミオに言わなかったことを」
独り言をシリウスは黙って聞いてくれる。
「気持ちを伝えても、僕はきっとミオに触れられない。
だったら、友達のままでいいと思ったんだ。
でも」
今でも鮮明に思い出す場面。
墓前に手を合わせる背中、背を向けて自分の足でしっかりと歩く後姿、白い部屋で虚空を見つめる横顔。
「こうなってから気がつくなんて、僕も馬鹿だよね。
瞳に映らなくなってから、後悔したんだ」
恐れないで、抱きしめて、引きとめてしまえばよかった。
月さえも恐れるほどではなくなっているのに、あの頃も僕は臆病だった。
「今は?」
その声は闇の深さよりも太陽に近い気がした。
「今、もしもミオが告白したとしたら、リーマスはどうする?」
ありえない。
けれど、たまにはそんな話もいいかもしれない。
ミオが目覚めるという夢を見ようか。
「ミオが目覚めて、もしも僕を嫌いになっていても、たぶん僕はもう手放さないよ」
もし僕を嫌いになっていたとしても、悪戯を仕掛けて、君を捕まえる。
月が僕を手放さないように、僕も君を虜にする。
「ミオが俺を好きになっていても?」
「もう譲らないよ、シリウス」
もう僕以外を好きにならないでもらうよ。
シリウスを追い出してでも。
「ミオを犯罪者の妻にはしたくないしね」
「だから、無実だって」
「あはは。
わかってるよ」
動物になっている時の耳には殊更によく耳が聞こえる。
月が歌っているというのなら、その声さえも聞こえるだろう。
2キロ以上離れた場所の音さえも聞こえるけれど、たぶん、この時の声はすぐ近くだった。
「お、おい、リーマス?」
同じように聞こえたらしいシリウスの動揺が伝わってくる。
鼻で人の身体を押さないで欲しい。
「空耳、か?」
14年も聞いていない声がそうだと言い切るのもおかしいが、僕には君の声以外にもう思い当たらない。
「ミオ?」
ベッドに飛び乗って、その口元を見る。
目は相変らず虚空を見つめているのをため息を持って眺めたけど、たしかに口元が動いていた。
今、狼姿でとてもいいと思ったのは、その声が聞こえるから。
「リーマス、まさか!?」
「その、まさか、かもしれない」
口元が呟いているのは、リリーという名前と、ジェームズという名前と。
瞳がゆっくりと閉じられるのを不安を持って見つめ、ベッドを揺らした。
どうして今、僕は狼の姿なんだろう。
この手が人間の手なら、この身体が人間なら、今すぐに君に触れられるのに。
目を開かせられるのに。
「ミオ、ミオ!」
「おちつけ、リーマス!!」