Tea Party

□スィートなお茶会
2ページ/5ページ

 肩を捕まれて、顔を覗きこまれる。
 その目にわずかに非難の色を見止めるのが怖くて、視線を逸らす。
 でもきっと、たぶんいつもの笑顔を浮かべているのだろう。

「先生がいないから。
 死んでんじゃないかと思って」
「ちょっと出掛けていたんだよ」

 小さな笑い声で顔をあげると、後頭部というか首から耳の後ろあたりのあいまいな部分に1本の銅線でも詰められたような痛みが走った。
 ものすごく痛いけど、それもこれもこの男を見上げようとしたせいだから、何だか非難したくもなる。
 心配して来てやってるというのに、それも専用に甘い菓子まで作って。

「今日は林檎?」

 籠を持ってくれて、チカの手を引いて歩き出す。
 さっきの人も気になるけど、しかたないので小走りになりながら後を追いかける。

「そーなの。
 隣の家にすんごい沢山送られてきてね。
 お裾分けもらったから先生にも」

 玄関をすんなり開けて、いつもの部屋に通される。
 さっき見たばかりだが、窓から見えないところには新聞まで散らばっている。
 いつもながらとんでもない部屋だ。
 これで他よりもマシというのだから、他の部屋はどうなのだろう。

「テーブルの上、適当に退けていいよ」

 ここまで散らかっていると片付けるのもイヤになりそうだが、この中でおやつもいやだ。

「その前にここ、片付けましょうよ」
「食べてからね」

 実に楽しげな声であるところからして、もう彼の意識は今日の林檎パイに移っているようだ。

 仕方ないので、とりあえずいつも通りに窓を開ける。
 ここの窓は立て付けが悪いのか、いつもガタガタいって、それでもなかなか開かなくて、リーマスが紅茶を持って入ってくると、急に開くのだ。

「ごめんねー立て付けが悪くて」
「いいええっ先生のせいじゃありませんからっ」

 これも壊れそうな椅子の上から新聞をそっと避けて落として、その上に静かに座る。
 なんというか、乱雑に動くと埃が立ちそうなのだ。
 この家は。

「はい、砂糖はいらない?」
「自分でやります」

 差し出されたカップを慌てて受けとると、声を立てずに笑いながら、リーマスはソファーにどかりと座った。
 意外にも埃は立たない。

「しかし、いつにも増して……あ、食べてていいですよ。
 いつも以上に散らかってますね」

 何も言わずに籠から取り出して食べ始めてしまうリーマスに、一言いって、チカも紅茶をすする。
 下手な紅茶専門店よりも美味しいのだ。
 これを飲む為にケーキを作ってくるといっても過ぎたことではないだろう。

「んんん〜美味しいっ」
「チカのケーキもいつもながら絶品だね」
「そーでしょ?」

 飲み終えてしまうと、もう2杯目が用意されていたり、結構気配りのきく人である。
 いや、チカが人より気配りが足りないとか、そんなんじゃないけど、この人の場合は余計に。

「どこ出掛けてたんですか?」
「ちょっと友人の家まで」
「へ〜近いんですか?」
「そうだね。
 姿あらわしを使えば簡単だよ」
「へ〜ぇ」

 姿あらわし?なんのことだと思いながら、自分の持ってきたパイに手を伸ばす。

――あぁ、我ながら一口が限度だ。
 このストレートの紅茶がなければとてもじゃないが食べられない。

「二人じゃ多すぎましたね。
 やっぱり」
「そうかい?」

 これを普通に食べられるあなたは別な意味で尊敬にあたります。
 それでその細さだ。
 一体どういう作りをしてるんだか。

「次からはもっと多めでも大丈夫ですか?」

 ふと、いろいろ含ませて言ってみる。

「そうだね、チカのケーキは美味しいから毎日でも食べたいよ」

 なんの気もなく返される。

「主食で?」
「それでもいいかもね」

 ほんとうにこの人のどこにそんなに消えてるのかな。

「先生みたいな人は特殊だからいいでしょうけど、同居人の方にはきっついんじゃないですか?」

 いってから、一気に紅茶を飲み干す。
 それから視線を戻すと、彼にしては珍しくとても珍しい拒絶的な笑顔を浮かべている。

「同居人?
 ここには一人で住んでるよ?」

 とぼける気だろうけど、そうはいかない。
 二人分作るからには、それなりに調整もしなければならなくなる。
 なにより、ここでリーマスに紅茶を入れてもらう為には、その同居人に嫌われるわけにはいかない。

「私を、ごまかせるつもりですか」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ