Tea Party

□スィートなお茶会
3ページ/5ページ

 たちあがって寝室へ向かう。

「ここに眠ってる人がいるでしょう?」
「そこには誰もいないよ」
「誤魔化しはききません。
 黒い長い髪の恋人でしょ?」

 今度こそ、完全にその笑顔が凍りついた。

「別にそんなことは気にしませんから、私。
 先生に恋人がいてもいいんです。
 第一、その年で相手がいないなんて絶対おかしいもの」

 ドアノブに手をかけて、力をこめる。

「チカ、こ、恋人って……はは……何、いってるの!?」

 動かそうとしたドアノブは反発して動こうとしない。
 後ろから聞こえるリーマスの笑い声に、チカも笑って顔だけ振り向いた。

「なんでもいいんですよ。
 でも、変な誤解されちゃ困るじゃないですか。
 先生が」
「僕は困らないけど?」
「私も困りませんけど、でも、ほら、相手の人に悪いし」
「いや、だからね。
 僕には恋人はいないんだよ」
「だから何でもいいんですって」
「恋人になって欲しい人はいるけどね」
「じゃーなおさら誤解されちゃダメじゃないですか!」


「その人はケーキを作るのがすっごく上手なんだ」


 ぴたりと、チカはドアを開けようとするのを止めた。

 これはまずいことになったぞ。
 私よりもリーマス好みのケーキを作るのか。
 そいつはすごい。
 そして、まずい事態だ。

「その人は僕のいれた紅茶を本当に美味しそうに飲んでくれるんだ」


 リーマスがソファを立って、近づいてきた。

 自分が美味しそうに紅茶を飲んでいるかという自信はない。
 でも、本当にリーマスの紅茶は美味しい。
 こんなことなら美味しそうに紅茶を飲むのみ方ってヤツを誰かにきいときゃよかった。

「その人以外は、別にどうでもいいんだ」

 やんわりと微笑まれて、身動きが取れない。
 顔は笑っているのに、視線が真剣で、これはもうダメだと思った。

「先生……」
「わかったかい?」
「……はい。
 私はもう、来ちゃいけないんですね?」

 もう美味しい紅茶が飲めないんだと思うと、涙が溢れそうになった。
 だめだ、リーマスにきた折角の春。
 祝福してあげなきゃいけないんだから。

「チカ……?」
「心配しないで下さい。
 邪魔、しませんから。
 美味しい紅茶が飲めるところなんて、世界中捜せばきっと他にもありますから!」

 ケーキ作るだけで、美味しい紅茶を飲ませてくれるイイ場所だったのに。
 もう、お別れなんだ。

「ここにいる、その人も疲れてるんでしょう?」

 軽くドアを叩いて、努めて微笑む。
 ちゃんと笑えていないのか、リーマスの表情が揺れている。

「あんまり苛めると、ケーキ作ってもらえなくなっちゃいますよっ」

 ドアを叩いた腕で軽くお腹を殴りつける。
 その手をやんわりと取られて、とまどった。

「チカ、君、誤解してない?」
「だから、ここの部屋に眠ってる髪の長い人がその、ケーキが上手で、紅茶を美味しく飲んでくれる、先生の恋人にしたい人なんでしょう?」

 見上げると、本当に困ったように微笑まれて、チカのが困った。
 なんというか、ききわけのない子供をみている先生みたいだ。
 だから、先生と呼ぶのだけれど。

「その誤解は最低だよ」

 聞いたこともないくらいひくぅい声で、哀しい笑顔だ。
 どうでもいいが、自分の頭一つ分高い身長はとても首が疲れる。

「ここにいるのは古い友人で、恋人でもなんでもない。
 それどころか、ほっといても勝手に生きてく、生き物だよ」

 軽く叩いたように見えたのに、鋭くて大きな音が響いて。
 私を閉じ込めるように打ちつけられた扉の向こうが少し、気の毒に思える。
 まだ寝てるんじゃないのかな。

――てゆーか、イキモノって、先生ー。

「じゃ、他にもここにケーキを持ってくる人が……?」
「こんな森の中にケーキ持って来てくれるのは、チカ、君ぐらいだよ」
「ですよねー。
 それじゃー先生が食べに……」
「ケーキは来てくれるんだ」

 もうなんというか、妙な汗が背中を通りぬけてゆく。

 なんだかなーもう。
 来てくれるって、そんな。

「ケーキは歩きませんよ」

 こんな返事しか返せない。

「そうだね。
 ケーキを運んでくれる人は一人しかいない」

 小さな笑いはチカの前髪を揺らした。
 気のせいでなければ、それが私を指している予感がするんですが。

「まだわからないのかな?」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ