Tea Party
□ノスタルジィなお茶会
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ここでチカとリーマスの出会いでも話してみようか。
あれはまだチカが殊勝にウェイトレスなんてものをやっていた頃。
なんでなんて理由は簡単。
お金がなかったというだけである。
場所はロンドン郊外の小さな紅茶専門店。
その店は小さいという理由からか、マスターが一人でやりくりしていた。
そこに通い詰めてお金がなくなったともいう。
その時は、そこの紅茶が最高だったのだ。
マスターのオリジナルブレンドに惚れて、金がなくなっても飲みたくて、頼み込んでむりやり雇ってもらったのである。
その辺は強引といわれようがなんといわれようが、紅茶大事なチカの性格である。
お試しケーキを持っていって、即採用。
運でも世の中を渡っていそうな。
「いらっしゃいませー」
ウェイトレスのバイトだからというわけでなく、休憩直前ということもあって、その時チカの笑顔は通常の三割増しの輝きを放っていた。(マスター、談)
入ってきたのはみるからにボロっちい少し薄汚れた服装の旅行者で、貼りついた笑顔は営業スマイルだった。
「あれ、マスター。バイト入れたんだ?」
小さな呟きは私にしか届かなかったが、男はさっさとカウンター席に行ってしまった。
通りすぎざま、かすかに香ってきたチョコレートの匂いにいぶかしむ。
「チカちゃん、休憩はいっていいよ」
「あ、はいー!」
かけられる声に慌てて返事をしながら店内を見まわすが、昼時ということもあってそれほどは混んでいない。
ここはメニューに食事がないのだ。
いうなればお昼を食べ終ってから、日が傾いてきてから増える。
だったら、今休憩しておくほうが良い。
そんなわけで、中途半端な時間に休憩なのである。
マスターが二人分の紅茶を準備しているが、いつもの席にはさきほど入ってきた男が座っている。
マスターと何か話しているあたり、やはり知り合いらしい。
旅行者風というところからすると、久しぶりの再会というところだろう。
邪魔をするのは野暮というものだ。
かといって、店の数少ないテーブルをひとりで占領するのも気が引ける。
「はい、おまたせ」
考えた末、ひとつ分の間を置いて、チカもカウンターについた。
エプロンはつけたままである。
置かれる前から香ってくるブレンドの薫りに、自然と笑顔が零れる。
その様子を旅行者が楽しそうに眺めていることに気がついたが、今はマスターの入れてくれる紅茶と昼食の方が重要なので気にしないことにする。
「今回はずいぶん早く戻ってきたね」
「ええ。しかたないですけどね」
少し寂しそうに笑う男にやはり疑問もたったが、そこはそれ、マスターの紅茶ですべて吹き飛んでしまっていた。
もとより邪魔をする気はない。
会話は聞こえてしまうのだから、不可抗力というものだ。
「何か仕事紹介しようか?」
「それは又今度でいいですよ」
そうかい?と穏やかに笑う。
ここの紅茶はこのマスターの人柄がよく出ているのだと思う。
でなければ、こんなに美味しいなんて理由がわからない。
「何年経っても、あそこは変りませんね。
ダンブルドアの下で、みんな、元気で……」
思い出しながら語る人の常だ。
視線はマスターを向いているのに、その向こうに見ているものはきっと、違う。
「先生は、楽しかったかい?」
「ええ。とても」
深く、声を立てずに旅行者は微笑んだ。
とても満足そうな顔に少し見惚れた。
なんというか、儚い強さを秘めている人のような気がしたのは、いつもの直感で。
「マスター、ケーキ残ってる?」
「え、ああ。今朝持ってきたやつ?」
「うん、それー」
カウンター下の冷蔵庫から出されたそれを受け取って、チカはそれを旅行者の近くへ置いた。
よく磨いてあるテーブルを滑らせると、たまに落ちて大変なことになるから。
「オニーサン、甘い物いけるでしょ?
優しいウェイトレスさんからプレゼントです」
これはいわゆる逆ナンかなぁとか思ったけど、少しだけ応援したくなったのだ。
これからの彼に。
頑張って生きている人というのは、見ていても気持ち良いものだから。
自分が頑張って生きているとは思わないからかもしれないけれど。
なんとなく生きて死んでいくくらいなら、ひとりぐらい誰かに幸せになって欲しいから。
「………………」