Tea Party

□ファギーなお茶会
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 チカは今だに僕とシリウスが魔法使いだと云う事を信じていなかった。
 ただちょっと、風変わりな奇術師という認識しかしていない。
 アレだけ魔法を使ってみせてもそうなのだから、鈍いというのを通り越して呆れてしまう。

 僕等二人を軽く笑い、笑んだままの目線だけ寄越してくるチカ。

「こんなひ弱な魔法使いなんて、いても怖くないですよ」

 チカの認識というのは、魔法使い=怖い人というものらしい。
 優しい魔法使いなんて別世界のイキモノだと思っているようだ。
 こんなに身近に暮らしているのに、何度も魔法を見せたのに、信じないというのもある意味奇跡的な鈍さである。

 もっとも、彼女の世界の基準というものがよくわからない。

「紅茶が美味しければそれでいいんです!」

 最初に力説された時はどう反応していいやらわからなかった。
 紅茶だけでそこまで人を信用するのもどうかと思う。

 なんでも美味しい紅茶を求めて、世界中をさ迷った末に、ロンドンのあの小さな喫茶店を見つけたらしいが、普通のマグルならばあの店は目にも止まらない筈だ。
 目くらましのそんな魔法をかけてあると店主が言っていた。

――見つけたのは、チカの執念ですね。

 仕事を終えて、彼女が帰った後、苦笑しながら店主が言っていた。
 僕もその時は笑って、話は戻ったけど。
 でも、たしかに彼女の頭の中には紅茶のコトしかないらしい。

 やがて細くなってゆく獣道に、不思議な錯覚が伴う。
 来たコトなどないのに。

「もう少しですよ、お2人さん」

 危なげなく歩くチカの足元は軽やかで、時折のぞく木の瘤を目に止めることなく飛び越える。
 何度も来ているのだろうということが、僕でなくともわかる。

「……来たことがあるような気がしないか……?」

 囁いてくるシリウスに頷いてみせる。
 絶対に来たことがないのに、憶えがある感覚。
 以前ならいつも感じていた、そんな。

「……なんかさ、ホグワーツで……」
「あぁっ!!?」

 なにか言いかけたシリウスの声よりもチカの声が大きく思考を遮る。

「どうしたの、チカ!?」
「なんだ……っいて!」

 避けていた枝が跳ねて顔に当ったらしいシリウスは顔を顰め、僕はソレを視界の端に一瞥するだけで先を歩いていたチカを追いかける。
 彼女は5メートルぐらい先で立ち止まって、いや、立ち尽していた。

「……チカ?」

 ゆっくりと振りかえったチカはものすごく困った顔をして、襲いたくなるぐらい可愛い苦笑いを浮かべている。
 片手はしっかりとバスケットを持っているが、片手は目の前の茂みに手をかけて持ち上げている。

「どうしましょう、先生」

 そういって、彼女は僕を手招きした。
 手を離された枝は衝撃でざわざわと音を上げて戻る。
 その僅かな振動の端に茶色い木片が煌く。

「あのですね、すーっかり忘れていたことがあるんですよ」
「何を?」

 僕が来た所で、彼女が茂みの中のなにかを蹴り、それは実に軽い音を立てて水音を立てた。
 そういえば、この近くにあるのは水辺に生きる植物が多い。

「定員2名まで、なんですよねー」

 濃い緑の茂みに沿って、左周りに彼女が森の中に入ってゆくのについてゆく。
 濃い緑がその姿を覆い隠してしまいそうで、本当に慌てかけ、彼女の左肩に右手をかけて捕まえた。

「コレ」

 そうした矢先に立ち止まって振りかえったので、危うく転びかける姿を反対側から強く支えられた。
 シリウスがいつのまにか追いついていたのである。

「池……?
 霧がずいぶん濃いな」
「湖って言ってください、シリウス。
 霧深いですけど、中に行けば視界もききますよ」

 光がキラキラと舞うほどではないが、透明度の高い湖面は空を映し、純粋に澄み渡った青空を映し出す。
 いつでもどこでも変わらず、世界を見つめ続ける冷たい空を。

「で、問題なんですが……先生、聞いてます?」
「ちっせぇ舟だな」
「うるさいです、シリウス。
 先生?
 せんせー?」

 感覚が戻ってくる。
 ずっとずっと昔の、まだホグワーツに入学したばかりのあの時に通る、あの水の道も昼ならばこんな感じだろう。
 シリウスが呟いたとおり、知っているはずだ。
 僕等はなにもだれも知らなかった、まだ絶望ばかりが僕の世界であったときに、期待と不安に満ちた気持ちで。

「どうしよー。
 せんせートリップしてるよね?」
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