□第二話
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私たちは今、どういう風に見えているんだろう。
仲良しのお友達?それとも兄弟?
まさか、恋人だったり。……まさかね。


携帯ショップの大きな鏡に映った二人組を気にしながら、専門用語ばかりの訳のわからない言語を話す総悟の説明に耳を傾ける。


「んー……。でも、扱いが難しそうだし」


「パソコンでネット出来るんだから、出来るだろィ。色は……白かな」


「もう、沖田君ってば」


総悟はポケットから携帯電話を取りだすと、にやりとする。
その機種は、これから花が使うだろう携帯電話の色違いだ。


「俺のはほら、黒。これでお揃いだねィ。使いやすいんだぜ、これ」


かなり強引だけれど花がうんと言えばにこにこする彼の姿に、
母親が重なって見えてノーとは言えなかった。
その強引さは幼い頃から経験しているもので、居心地のいいものだから。

彼女を見つめる視線に気づかない花は今、幸せだった。










レストランにて。


店内は、学生と思われるカップルだらけ。
昼時で混雑していたにも関わらずすんなりとテラス席に座れたのは、
総悟が予約していたからだ。

最初は緊張気味だった花も、彼の軽快なトークに段々と
お喋りになり、自分から話すようにもなった。


「その服だけど、そんな服持ってたっけ」


熱々さくさくのフルーツとバニラアイスが乗ったパイを食べていると、
デザートを注文せずにコーヒーを食後に頼んだ総悟が頬杖をつきながら尋ねてきたので、
今まで止まらなかった手がピタリと止まった。

服装について聞かれたのが、初めてだったからだ。


「えっと……やっぱり変だったかな。お母さんがね、せっかくだからって」


「似合ってる」


「へ?」


「だから、似合ってるって言ってんだろィ。こういうこと、何回も言わせるもんじゃねーぜ」


ボッと、耳が焼けるように赤くなっていることは鏡を見ずともわかる。
そうかな、と消え入るように返事する花に対して、総悟は何事もなかったかのように
コーヒーカップに口づけた。





「あ、早く電話番号登録しろィ。最初は俺な」


「うん、いいよ」


「……ふーん」


パイを食べ終わったころ、総悟がそういったので買ったばかりの携帯電話を出す。
赤外線通信をする為に携帯電話同士をくっつけると、総悟の細く、長い指が当たり少し緊張する。

彼は今何を考えているのだろうと見てみれば、くすりと笑われすぐに目を反らす。



反則だ、そんな顔で笑うなんて。
お母さんたちが沖田君に熱を上げるのもわかる気がするな。



「はい、送信完了っと。あ、毎朝のモーニングメールよろしく」


「えぇっ、私そんなに朝得意じゃないよ」


「じゃあ、これか頑張ればいーだろィ。練習台になってやらァ」


「もう」



レストラン代は、総悟が全て払ってくれた。
割り勘にしようという花に、誘ったのは俺だからと
一銭も出させてくれず、それなら次は出してと約束をつける総悟に、
花はうんと頷いた。





「なあ、噂ってマジ?実はただの噂とかじゃねぇのかィ?」


夕飯前に帰ると言えば、送ると即答する紳士的な総悟にすっかり打ち解けた花は、
夕陽を背にうーんと背伸びをする。


「付き合ってるのかな、私たち」


これはもう、ずっと疑問だったことだ。
あの日、入学式の日を思い出してみる。


これから始まる高校生活に期待と不安を胸に、電車に揺られていた。
座席には座らずドアの前に立ち、窓から見える桜並木を見ていた。


電車はそんなに混んでいなかったと、よく覚えている。
空いているのに、どうしてこんなに近くに、寄り添うように立つのだろうと
困惑したのもよく覚えている。

その人を最初に見た時、とてもきれいな人だと、こんなにも
綺麗な男性が普通の高校生、しかも同じ高校なのだと驚いた。


眼帯をつけ、着崩した制服。
未成年のはずなのに煙草のにおい。
太陽の光にきらきらと輝く黒髪は、少し紫に見えた。


長いこと見てしまっていたのだろうか、男は花を見ると、


「俺の女になれ」


と、そう告げた。


それきり窓の外を見る男に、酷く戸惑った……と、昔のことを思い出し、
それから総悟の顔を見る。
総悟が何を考え構ってくれるのか知らないが、一緒にいてくれるなら、
高杉のこともこのままわからないままでいいのかも知れないと、結論付ける。


「ここでいいよ、ありがとう」


沖田君は強引だね、でもとっても楽しかった。

そう続けようとしたが、言えなかった。


総悟の綺麗な栗色の髪が、さらりと風に揺れる。



「まだ、質問に答えてもらってねーんだけど」


落ち葉がひらり、二人の間に落ちた。
空気が、一段と、一瞬で冷えたように感じる。


「ちょ、痛いよ」


ぎゅう、ぎりぎりと、腕を掴む総悟は笑っていた。


「あんたが答えねーからだろィ。俺だってこんなことしたくないんだぜ?」


じゃあどうして笑っているんだろうと、しかし口に出すことはできなかった。
その笑顔が先ほどまで見せていた穏やかなものではなく、攻撃的なものだったからだ。


にやにやとした口元から見える白い歯が、まるで大きな獣の牙のように見え、
肌寒いというのに背に汗が流れた。


すぐにでも逃げ出したいのは山々だが、答えるまで逃がすなんてことはなさそうだ。
どんな答を出せば良しとするか。

考えている時間はない、夕陽が、沈みかけていた。










自室。


今日は楽しかった。
次はいつにする?
花の誘いならいつでも大歓迎だぜ




メールに気づいたのは、久しぶりに長風呂をし、部屋に戻った時だった。
これっきりではなく、次があるのは嬉しいものだ。
だけれど、少し怖い。あの笑顔、それに女にはない、男の力の強さ。


……気にしないでおこう、気にしないでいたら友達でいられる。


「今日は、ありがとう……っと。えぇと、うーんどうしよう」


どう続けさせればいいかわからない。
メールなんて、家族間での連絡手段にしか過ぎなかったので、
友達とのメールに頭を抱える。


そして頭を抱えたまま、眠ってしまう。もちろんメールは送らず。
男が、彼女とお揃いのスマートフォンを強く握りしめていたことを、
女は知らない。





翌日。


「遅い」


「えっ!?お、沖田君どうして」


学校へは、駅まで徒歩、それから電車に乗って通学している。
昨日それとなく話したのだが、総悟の家は花の家とは
結構な距離があるとのこと。

その総悟がなぜ、どうして、花の家の前にいるのだろう。


「昨日言っただろィ、迎えに行くって」


そんなこと言ったけかと、急に寒気がして今年初めて着る
カーディガンのボタンを上まできちんととめる。


「それに、夜のメールと、朝のメールも忘れてた」


「あっ……ごめんね。え?」


歩きだした総悟の隣を歩くと、手を取られる。
これは所謂恋人つなぎと言うもので、さすがにおかしいと感じ振りほどこうとするが。


「あんた顔赤いぜ、風邪引く前って感じ。少しでもあったかくしてた方がいいだろィ」


あぁ、そうなのか、優しいんだね沖田君。

別に。このぐらい普通だろ。あんた、友達いなさすぎて
感覚ずれてんじゃねーのかィ?

あっ、ひどい!……まぁ、ホントのことなんだけどね、あはは……。




愛し君に、最低な感情を。

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