□第四話
1ページ/1ページ



大きな欠伸をした銀髪の男の髪が、月に照らされる。
初めて見たその光景なのだが、何故か見たことあるような……。
デジャブのように感じる。


男が口を開き、声を発する。


あぁ、また捕まった。
















季節が移り変わるのは日本特有のもので、四季を感じることは
好きなことだと、パンが入った紙袋を手に花は急いだ。


新校舎と旧校舎は、封鎖された渡り廊下でつながっている。
頑丈に鎖と鍵が巻きついたドアを簡単に蹴破ったその人が待つあの教室へ
通うのは、これで何度目だろう。

渡り廊下から見える中庭の木々に積もる雪を見て、彼女の足はぴたりと立ち止まった。
彼が、彼女を見ていたからだ。


「花、どこに行くんでィ」


しんしんと降る雪の中、表情をなくした男が声を出す。
その声は女の耳に届くと、彼女の胸を締め付けた。


悪いことをしているわけではないのに、何故こんなにも罪悪感にかられるのだろうと
顔を歪めれば、男、総悟は笑う。


「行かされてるんだろ、本当は、行きたくない。違う?」


にこにこと楽しげに、優しい笑みのように見えるけれど、
それは雪よりも冷たいものだ。


「あ、あのね、坂田君が欲しいって言って」


胸に抱いていた紙袋をよく見えるようにすると、総悟がゆっくりと
こちらに歩いてくる。
そして、彼女の胸の高さまであるブロック塀まで来ると立ち止まり、
また笑う。


「雪、綺麗だなあ」


ぽつりと呟いた総悟は紙袋を指差し、また呟く。

「俺のそばにいるあんたは綺麗すぎて、目眩すらするのに……」


一瞬の内にブロック塀を軽々と乗り越え、花の耳元に
引き攣った口を近づけ、


「今は憎くて仕方がねェ」


彼女から離れると、雪が、総悟の頬に落ちた。
涙が雪を流すその光景は、ドラマのワンシーンでも
観ているようだと、花は呆けていた。


「どうして、いつも俺の傍から離れるんでィ」


「お、沖田くん?」


花から視線を反らした総悟は虚ろな目で足元を見つめ、
全てに疲れきっているような顔をしている。


「何もかも忘れて、平然でいられるあんたの存在は憎い。
だけど、それでも護らなきゃ生きていけねーんでィ」


今のあんたに言っても意味ねェけどと捨てるように言い放ち、
そのまま中庭を見つめ続ける総悟の存在は、何も知らないはずの
花にとっては恐怖でしかなかった。


総悟は強引で、優しい。
良い友達だと思っている。


しかし、それ以外に、花は知らず総悟だけが
知っている何かがあるというのだろうか。


「……あの、もう行くね」


反応はない。


二、三歩進み振り返るも、彼はそのまま中庭を見ている。
重すぎる空気に耐えられず、花は走った。

長いとは言えない渡り廊下だが、嫌に長く感じる。
中庭を見ているはずの総悟がこちらを見ているような気がして、
気が気ではなかった。
あまり運動が得意な方ではないが、全速力で走る。
そうでもしないと、何か、恐ろしいことが起こりそうな気がしたから。


旧校舎へと続く扉を開け、中に入る。


きぃ、ばたんと静かな空間に音が響き渡り、外と完全に遮断され、
やっと落ち着きを取り戻せた。


「沖田君……」


無意識に発せられたのは、彼の名前。
唯一傍にいてくれた、大事な友人だ。



沖田君、どうして泣いていたんだろ……。
それに忘れたって、私が?どういうことなの。


冷たい扉にもたれかかると、ずるずると何もかもが
おちていくような感覚に囚われる。

何かを忘れているなら思い出せばいいじゃないかと集中するが、
何も覚えがない。

総悟とは、この高校に入学して二年目にしてやっと話した仲だ。
それ以前に会っていたということはないはず。
記憶を喪失してしまったなど、そんな小説のような話はもっての外。


彼の、思い違いではないのだろうか。





「おーい、花何してんだよ」


「あ、坂田君」


考え事をしていたら、かなりの時間が経っていたようだ。
坂田銀時は自分がしている腕時計を彼女に見せつけ、はー、と溜息。


「あ、坂田君じゃねェよまったく。俺を飢え死にさせるおつもりですかぁ?」


「ごめんごめん、ちょっと用があって」


ったく、と銀色の髪を掻きながら、銀時は渡り廊下へと続く扉を見る。
そしてふーんと興味無さそうに息をはくと、花の腕をひっぱり歩きだす。


「ここ寒くね?いつもの暖かい部屋で食おうぜ」


「あ、う、うん。わかったから手を離して?」


やんわりと言うも、銀時は離す気はなさそうで、早歩きでずんずん進む。
銀時の早歩きは花にすれば小走りになる訳で、空き教室に着く頃には
彼女の息は上がっていたが、運動神経抜群と噂の銀時は平然としている。

Z組は成績は壊滅的に悪いけど運動神経抜群のクラスで、スポーツだけで
留年しないで済んでいる。という話があるとか、ないとか。

とにかくZ組は謎のかたまりで、どうして存在しているか不明。
銀魂高校の七不思議の一つと言っても過言ではないだろう。


「パン屋さんのおじさんとは昔からの知り合いでね、
前日までに頼んでいれば残していてくれるんだよ」


空き教室にあった二組の内の一つの椅子に座り、紙袋からあんパンを取りだし
銀時に渡す。
これは花の家の近所にある、よくテレビや雑誌に載っている有名パン屋のもので、
朝早くから行列ができている。

このパン屋のものは全て美味しいと評判だが、一押しの目玉商品はあんパン。
ふわふわのしっかりした生地を割れば、中にはぎっしりと黒あん。
全てすり潰さず顔を見せる小豆の餡は、甘さ控え目で男性にも人気だ。

最近は子供向けにホイップクリームが入ったものなどバリエーション豊かだが、
花は昔からノーマルタイプの餡パン一筋。
前に銀時にこの話をしてみれば、食べたいとのことで買ってきたのだ。


「へー、贔屓にされてんだな。ここ、よく行くんだけどあんパンはいつも
売れ切れててよ。ラッキー」


椅子の上で器用に胡坐を掻く彼は、大きな口をあけてガブリと一口。
ごくんと飲み込めば、満面の笑みを見せた。


「うんっめー!これすっげーうめぇ!」


「おかわりあるよ」


ここで待っていてくれていてくれていたのだろう、教室は暖房で暖められている。
が、花のクラスのように溶けてしまいそうなものではなく、適温。
そう言うと、


「じゃあ、毎日ここで食わねえ?」と、銀時。


「うーん。さすがに屋上も雪の中では食べられないし……。
沖田君に言ってみるね」


ふーん、そっか。と、それきり銀時の視線は雪降る窓の外。

はらはらと降り続ける雪の中、彼、総悟はまだ渡り廊下にいるのだろうかと
思うと、心臓に棘が刺さったかのような痛みが走る。


どうして私、坂田君と過ごしているのだろう。


あの夜から、何かが変わった。
今まで総悟といた花は、今は銀時といる。
どうしてそうなったのかは、まるで記憶が抜け落ちたかのように思い出すことができない。
しかし、なぜかこうしていることが普通なのだと、そう感じていた。


暖かい部屋の中、頭がぼーっとふやけた。




愛し君に、裏切りの感情を。






放課後 教室


From 沖田総悟

急で悪いけど、放課後空いてる?


メールに気がついたのは、総悟がドアの傍に立っていたからだ。
彼は花に会う前は必ず、メールをする几帳面なところがある。


「あ、ごめんね。今メールに気づいたよ。どうしたの?」


クラスメイトが疎らになった教室に入ってきた総悟に、荷物を纏めながら
話しかける。
数学の教科書を持って帰るか悩んでいたところで、彼から返事がないことに
顔を上げる。


「今日、あの天パと……、楽しかった?」


笑顔でそう言う総悟の目は赤く、何だか気だるそう。
その姿に、心臓に刺さっていた棘がより太く、奥に刺さる。

あぁ、傷つけてしまった。


「そうやって、いつもいつもいつもいつも……るさ…い」


頭を下げる彼の表情を読み取ることはできない。
しかしその異様な雰囲気に、何も話すことができない。
閉じた口を開けることができず、総悟を見つめることしかできない。


傷つけたことは分かっている。
しかし、ここで謝ってしまえば総悟の中の何かが崩れてしまいそうで、花はごめんと言うことはできなかった。


教室に、長く、嫌な沈黙が続く。
外から聞こえてくる生徒の楽しげな声に混じり、総悟が何か
呟いている音が混じる。

それが恐ろしい言葉に聞こえ、耳をふさぐ。
すると総悟がぱっと顔をあげ、


「ま、いっか」


「……え」


その表情は眩しいくらいの笑顔。


「今回だけ、許してやらァ。今回だけ」


「あの、沖田君?」


「今回だけ、今だけ」


冷たい風が、窓を小刻みに揺らした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ